「浅縹!」

「ほい?」



三限後の休み時間、少し外の空気を吸いに廊下に出ると、そこまで聞き慣れていない声に名前を呼ばれる。
誰かと思って声のした方を振り向けば、褐色の手をひらひらと振る青峰くんがこちらに近寄ってくるところだった。



「青峰くんじゃあないですか。どしたの、さっちゃんに用?」

「いや、さつきじゃなくてお前にな」



ちょうどよかった、と溢す彼の表情はどこかワクワクとしたもので、何事かと首を傾げる。

別に相性は悪くないし普段から関わりがないわけではないけれど、それでも彼との接触は幼馴染みであるさっちゃんを通してのやり取りの方が格段に多い。
彼が私に直接コンタクトを取ることは少なく、また女体についての談義でも繰り広げたいのかなぁ…なんて想像を働かせていると、喜色を滲ませた青峰くんは食い気味に話し掛けてきた。



「今日の昼休み暇か?」

「まぁご飯食べた後なら。でも私に用って」

「マジか! んじゃ食った後裏庭向かってくんね? お前待ってる奴がいんだよ」

「え?」

「頼んだからな」

「おい?」



人に話しかけるなら相手の話も聞こう?

言うだけ言ってぽん、と私の肩を叩くと、歳の割りに広い背中は足早に離れていく。彼の所属していた教室の方向とは、逆方向に。
よく解らないまま、中途半端に持ち上げた手が空を切った。



(青峰くんが仲介とか)



なんというか、あまりしっくり来ない。伝達役なんて、面倒な立場に進んで立つようなキャラには見えないというか。
彼の口にした待っている人という存在も、的が絞れない。

私の知っているバスケ部のメンバーの内の誰かなら、名前を出せばいい話だ。そうしないということは、きっと彼らの中の誰かではないということだろうが。



「何がしたいんだか…」



推測を立てるにも少ない情報では限界がある。
一瞬、ベタな展開が頭を過らないでもなかったけれど。あの青峰くんが関わっているならそれはないか、と思い直して頭を掻いた。

まぁ、彼の希望に応じれば自ずと答えには辿り着くだろう。



「浅香さーんさっちゃーん、残念ながら今日はラブラブランチタイムできなさそうー」

「いつもしてる覚えないけど」

「いやん手厳しい」



そのつれなさ痺れちゃうね!
教室に戻ってすぐ、最近はずっと昼休みを共に過ごしている友人達に断りを入れる。
可愛い二人と他愛ない話に花を咲かせながら美味しいご飯を食べる時間を、私は毎日楽しみにしているのだけれど。そんな発言を聞いても、我が幼き親友は中々素直になってくれない。

そんなところもとても愛しいから、いいんだけども。
私達のやり取りを見ていたさっちゃんが、桃色の髪を揺らして笑った。



「何か用事でもできたの?」

「そー。ちょっと呼び出されちゃってね」



青峰くんから、と話すべきかと一瞬迷って、止めておいた。
約束を取り付けたのは青峰くんでも、待ち受けるのは別人らしいし。変にさっちゃんを気にさせたくもない。
幼馴染みが女子生徒を呼び出した…なんて、どうしたって少しは気になるものだろうし。青峰くんも関係があった場合は後から報告すればいい話だ。



「できるだけ早めに終わらせてくるわ」



どこの誰と何をすればいいのかは分からないけれど。青峰くん経由なら、別段悪いことも起きないだろう。
そう軽く考えて、昼前最後の授業のために席に着いた。









裏庭、と一言に言っても、生徒数の多い帝光中の敷地はそれなりのものだ。
まだ学校に馴染み始めたばかりで、あまり足を運ぶ機会のない場所だと新しい発見もあった。
木陰を狙うように設置されたベンチは心地が良さそうだし、手入れの行き届いた花壇には季節の花が咲いている。園芸部の活動だろうか。目に楽しい情景に心を和ませつつ…さて、件の人物とやらは何処にいるのかと顔を上げる。

視界を広げてきょろきょろと辺りを見回してみるものの、それらしい生徒の影は窺えない。
そもそも相手が分からなければ、私から話し掛けることなんてできるはずもないのだけれど。
そこら辺もう少し情報が欲しかったな…と呼び出してくれた青峰くんの顔を思い浮かべ、溜息を吐く。今更言ったって仕方ないけどさ…。



「だから、他のことに…」



これは私の方が早く着いてしまったか。
それなら何処で待つのが一番目につくのか、考えようとした瞬間に微かに耳に届いた人の話し声に、ふと足を止めた。
こそこそとした話し声は、そう遠くない場所、近くに並ぶ植木の影から聞こえてきたようだった。

何だろう。この怪しさは。
明らかに身を隠しているような雰囲気を感じて、ついそちらに忍び寄ると、二人分の声は徐々にはっきりと聞き取れるようになる。
その片方は聞き覚えのあるもので、私は距離を縮めるにつれて自然と息を殺していった。



「だから、嫌だって…大体浅縹って、みんながよく名前出してる女じゃないっスか」

「あ? まぁみんなっつーか、知り合い多いっぽいからな」



思いっきり聞こえた自分の名前に、会話内容に軽くジャブを食らった気分だ。
ああ、呼び出されたのは私だけじゃなく、相手の方もそうだったのか。
嫌々という風な反応を返す声があからさま過ぎて、口の中に渋いものが広がる。

何となく、青峰くんのやりたいことが解った気がする。あまり嬉しくはないけれど。
そう、聞こえてきた声の片方は紛れもなく、一時間前の休み時間に聞いた声と同じものだった。



(どうしたもんか…)



植木は私の身長にも満たない高さで、少し背伸びをすれば向こう側に隠れているだろう男子二人を覗き込むことができそうだ。
こちらの存在に気付かずヒートアップする彼らは、どうも目的に意識が向きすぎて現状を忘れているようで。

呼び出されたのに、忘れ去られてるような気がするんですけど…私帰っちゃ駄目ですかね。
それはさすがに悪いだろうか。しかし、全く歓迎されていないのに青峰くんの企みに乗っかるのは、さすがの私でも堪えるというか…。



「オレ嫌っスよそんな女と付き合うとか! どーせ今もちやほやされて調子乗ってるに決まってんだから」

「いや付き合えとか言ってねーし。ちょっと告ってみろって言ってるだけだろ」

「オッケーされたら困るんだって!」



なんとまぁ凄まじく私の意思を無視した暴言だ。
どれだけ自分に自信あんだよ、と聞こえた声相手にイラッとしてしまった。
中学生の発言だし多目に見るけども。私もいい大人だし、この程度のことで本気で怒るほど短気でもないけれども。

青峰くんの期待しているところは、もう解った。私かもう一人の男子か、どちらをからかいたかったのかは知らないが、気持ちもない告白をさせて冷やかしたかったのだろう。
この年頃の男子なら、この手の罰ゲームに興じることもある、か。あまりいい趣味とは言えないが。



「あのさー」

「!?」

「げっ!」



溢れる溜息を我慢する気にもならない。これは、何も言わずに帰ることもできないな。
そう判断して植木の向こうを覗き込むと、案の定そこにはしゃがんだ体勢で身を隠す青峰くんと、目映い金髪が派手な顔に似合う一人の男子の姿があった。



「内緒話なら、もっとボリューム下げた方がいいと思うよ」



ぎょっと目を瞠って振り向いたどこかで見たイケメンの顔に、ちょっとばかり驚く。
なるほど、自信満々な発言に見合う顔をしている。というか、一度だけ面識のある顔だ。

まさかこの子だったとは。キセリョとか呼ばれてたっけ。
浅香やさっちゃんから聞いた情報が頭に浮かんで、すぐに消えた。



「あ…アンタっ」

「うわ、来んの速すぎだろ…お前ここは空気読めよ」

「待たせちゃ悪いかと思ったのよ…まさか青峰くんがこんな悪戯仕掛けてるとは思わなくてね」



全く、こんなことなら可愛い友人達との昼休みを満喫しときたかったわ。
さっちゃんに報告しとこうか、と軽く睨み下ろせば、うげぇと顔面を顰めた青峰くんが立ち上がる。



「さつきには言うなよ。あいつうっせーから」

「はぁ…まぁそれはいいにしてもね。冗談で告白とか、洒落にならんことをやるでないよ」



普通に女の子に失礼でしょうが。
怒られたり詰られるだけならいいけれど、恨まれたりしたら笑い話で終わらないよ。

立ち上がり際の頭に軽いチョップを繰り出すも、あまり効果はない。いてーな、と呟いた彼は平然としながら、今まで丸めていた背筋を伸ばした。



「だから相手選んだんじゃねーか。浅縹なら平気だろ」

「平気って君ねぇ…」

「コイツが盛大に振られるとこ見たかったんだよ」



面白そうじゃね?、と悪びれずに口角を上げる青峰くんには突っ込む気も起きない。
対して、同じように立ち上がったキセリョくんはひくりと顔を引き攣らせた。

うん、そりゃイラつくよね。これは仕方ないわ。
この美貌なら付き合う女の子だって選り取り見取りというやつだろうし、好きでもない女に告白させられるとなっては本気で焦ったに違いない。
確かに、こんな顔のいい人間を振るのは勇気が要りそうだし。



「振るかどうか判んないでしょ。もし私が真に受けてたらどうしたの」

「真に受けても振るだろ」



何を当然のことを訊いてるんだ、と言いたげな迷いのない返しに、本格的に頭が痛くなる。
実際に額を押さえて、私は項垂れた。



「何を根拠に言ってるのかな…」

「だってお前女好きじゃん」

「わあ誤解を招く言い方ー…って、ちょっと、勘違いしてない? 私普通に男も好きだからね?」

「……マジかよ」

「そんな本気で愕然とされると居たたまれないんですが」



眼球が飛び出そうなほど目を見開いた青峰くんに、脱力感が込み上げる。とんでもない勘違いをされたものだ。
女の子は好きだけれど、恋愛対象にしたことは二十余年生きてきて今のところ一度もない。恋できないこともないかもしれないが、基本的に今までストレートできたつもりだ。

何とも言えない顔をしてしまった気がする。私の回答を聞いた青峰くんは、何故か不満げに眉を寄せた。



「じゃあ黄瀬が告ったらマジで受けたのかよ」

「きせ?…ああ、キセリョくんの苗字それだっけ。いや、ないけど」

「ないんじゃねーか!」

「いや、だって面識少なすぎだし。それでなくてもこんなイケメンの隣に立つとか肩凝りそうで…ねぇ?」

「あ、えっ…と…」



先程から置いてきぼりのキセリョ改め黄瀬くんとやらを手で示しながら振り向けば、慌てて視線を逸らされる。

……あれ、人見知り?
言葉にならない母音ばかりを溢すイケメンは、さっきと比べて随分と勢いが欠けていた。



「お前それ褒めてんのか貶してんのか判んねーな」

「至って真面目に褒めてるつもりなんだけど…」



おかしなことを口にした覚えもない。
狼狽える黄瀬くんから鼻で笑う青峰くんへ意識を戻したものの、苛立つ気力も奪われた私は大袈裟な溜息を吐いてやることしかできなかった。






未完成の寸劇




(あー何かもういいや。時間勿体ないし、これ以上用がないなら私帰るからね)
(おー)
(次がないようにさっちゃんに報告するからね)
(お…ちょっと待てさつきには言うなっつったろ!)
(待たぬ)
(待てっつの! 浅縹!!)
(聞かぬ)

20140821. 



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