不思議な威圧感を持つ赤司くんに勧められてカウンターに向かうとすぐに、ちょっとないくらい影の薄い男子生徒が現れた。
驚く私に向かって、よくあることだと何でもないように語る表情に悲観した部分は見当たらないことから、本当に慣れているらしい。
人類にあるまじき色彩を所持しているのに、そんなことってあるのか。訝しく思うものの、今正に自分の身に起こったことを振り返ればやっぱり嘘とも思えなくて。

目の前にいたのに気付かないって…どんだけよ。
冗談のような話に唇が引き攣りかける私に、軽く首を傾げていたその男子は構わず再度用件を訊ねてきた。



「あっごめんなさい。カウンター当番ってあなた一人ですか?」

「はい。ボクだけです」



いけない。用事がないのに引き留めるなんて迷惑でしかないわ。
軽く反省して頭を掻きつつ、訊ねる。

他に人が見当たらないから答えは出ていたようなものだけれど、律儀に頷いてくれた男子の透明感のある真っ直ぐな目に、ほっと息を吐いた。
やっぱり。赤司くんの言っていた人はこの子で合っていそうだ。



「えっと…私、今歴史の資料を集めてるんだけど、カウンターに行けばいい本をご紹介いただけるかもって訊いて…」

「はぁ、それは…誰に聞いたんですか?」

「赤司くん、って人が教えてくれました」

「…赤司くんが」



キョトン、と瞠られた瞳は幼げで可愛らしい。規格外なサイズの男子と接することがある所為で、余計に小動物感があった。

これぞ中学生、って感じだ。
先程近寄ってきた赤司くんも身丈は特別あったわけではないけれど、包む空気が子供らしくなかった。可愛げでいけば確実にこちらに軍配が上がるだろうと、どうでもいいことを考える。



「赤司くんとも知り合いだったんですか」

「え、いや…二回くらいしか喋ったことないけど」



ついさっき、手が届かなかった本を取ってくれて。

そう付け足しながら、今度は私が首を捻る番だった。
何だか言い回しが引っ掛かる。



「というか、“も”って……?」



誰のことを指して言っているのか。彼の身近な誰かと、私が仲良くしているのだろうか。
不思議に思って色んな顔を思い浮かべてはみたけれど、私は昔から友達が多い質だ。浮かんだ顔は既に少なくはなく、判断要素には事足りない。

見た感じ目の前の男子は物静かっぽいし、あまり騒ぐタイプの人ではなさそうだけれど…。



「緑間くんと紫原くんがたまに話してるんです。あと桃井さんも…青峰くんも知ってる風でしたね」

「…んん?」



悩んでいた私を助けるように、つらつらと並べられたのはカラフルな名前ばかりだった。
聞いた瞬間に眉を寄せてしまったのは、不可抗力だと思う。



「え? あなた、彼らと仲良いの?」



緑間くんや紫くんは、普通にしていれば煩いタイプではないが。
それにしても、あの個性派巨体達と目の前の男子がどうも結び付かない。とりあえず、同級生らしいことは分かったけれど。

唯一接点があるとしたら人外的な髪と瞳の色に限られるんだけど、まさか異常色素同士で同盟組んでたりとか…するわけないよね。さすがにないよね、うん。
一人で悶々としているのが傍目からも分かったのか、澄んだ色を持つ彼はまたも助け船らしい情報を付け足してくれた。



「同じ部活の仲間なんです。それであなたのことも一方的に知ってました。浅縹さん、ですよね」

「ああ、なるほど…部活かぁ」



あっさりと明かされた関係性に、再びじわりとした驚きが胸に広がった。
語ってくれた彼は平気な顔をしているけれど、あの全員が部活仲間となると…。



(眼が疲れそう…)



どれだけカラフルなチームが完成するのか…考えただけで乾いた笑みが漏れる。
確かさっちゃんと紫くんはバスケ部だと言っていたが、コートに全員が集まればパレットの中の絵の具が勝手に動き回っているようにでも見えそうだ。

しかし、不思議な色合いをした彼ら全員が同じ部活に所属するとは…特にインテリ系らしき緑間くんや目の前の男子の姿を見ると、しっくりこない上に何かの因縁のようなものを感じないでもない。
まぁ、例え本当に何かあったとしても、私には特に関係のある話ではないだろうが。

適当に自分を納得させて、私はとりあえずよそ行きの笑顔を取り繕った。



「改めて、はじめまして。最近転入して来ました浅縹奏です」

「はじめまして。話はちょくちょく聞いてます。黒子テツヤです」



何はともあれよろしく…と互いに頭を下げる途中、しかし私は彼の放った言葉にぴたりと身体の動きを止めた。



(…ん?)



ちょっと待て?
今、何つった…?

ぎしぎしと首を軋ませるようにして顔を上げる。お辞儀をすませた男子はやっぱり、空に近い色のまあるい瞳をしていた。



「……黒子?」

「はい」



恐る恐る、訊ねる。まさかと思いながら。
しかし私の内心の動揺を読み取らない彼は、黒子です、と頷いて見せた。

ここまで来て…嘘でしょ。
ますます、呆然としてしまう。私の中に無理矢理こじつけていたルールが崩壊した瞬間だった。



「水色とか空色の、間違いじゃなく?」

「…どういう意味ですか?」

「いや、こっちの話です。ごめんなさい」



水色じゃないのかよ!!

そう、内心で盛大にツッコミを入れながらも表ではあはは、と誤魔化す私の笑顔は不自然だったかもしれない。けれど、今回ばかりは仕方ないことだと思う。
だって、ついさっき、赤髪だから赤司理論を確かめたばっかりだったのに、そんなところにこの仕打ちだ。
法則性とは何だったのか、頭を抱えたくもなる。

水色の黒子くんにバレないように然り気無く頭を押さえていると、素直に誤魔化されてくれたらしい彼は、じゃあとりあえず、と話題を切り替えて引っ張り戻した。



「書架に行きましょうか。好みに合うかは分かりませんけど、ボクが面白いと思えた書物なら三、四冊はありましたし…」

「あ、よかった! 選ぶにも多くて困ってたんだ。助かる」

「蔵書数ありますからね」

「さすが、名門中なだけあってね」



遠慮なく会話に乗っからせてもらう間、カウンターを無人にして歩き出した黒子くん(何でも、存在感がないお陰で少し空けていても誤魔化せるらしい)に従って、元いた室内の一角に移動する。
そうして着いた書架と私の積んだ長机の上の本を確認して、振り向いた彼は徐に、本は好きですか、と訊ね掛けてきた。



「漫画の方は子供向けなだけあって図解が分かりやすいですけど、文章を読む方なら断然写真つきの資料本の方が内容が濃くて入り込みやすいと思います」

「ああ、なるほど。そうねー、わりと文章の方が好きかな」



漫画は漫画で、娯楽品としては嫌いじゃないけれど。
勉強に使うなら内容の方を重視したい。内容の密度が増せば自然と拾いどころも個人の好みで変わってくるから、興味も芽生えやすいのだ。
そんな風なことを溢すと、長机に近づいた彼の手が積んである中から数冊の資料本を引き抜いた。



「じゃあ、その手の本は外しましょうか。たまに読んでて面白いのもあるから、機会があれば探してみるのもいいと思いますけど」

「うん、ありがとう。時間に余裕作れたら手伸ばしてみる」

「はい、是非」



慣れた手付きでレーベルを確認して、書架に向き合い直る彼は気を抜けば見失いそうになるくらい、確かに静かな空気を纏っている。

これまた不思議な子だなぁ…とぼんやり目を離さずにいると、いらない本を片付ける途中の彼の指が長机の上を指した。



「それ、一番上の本なんかも、歴史的文化に拘ったものだけど面白かったですよ」

「ああ、それ私も面白そうだなーと思って……さっき赤司くんが取ってくれた本だわ」



黒子くんの抱えてくれた本から数冊、引き抜いて自分も片付けに荷担しながら、あの人も親切な人だね、と笑えば、あまり変わらないように見えた彼の表情が困り気味に弛んだ。



「赤司くんは…なんというか、基本紳士ですからね」

「あー確かに。ああいうことが嫌味なくスマートにできちゃう辺り、末恐ろしい子というか…いかにもモテそうな感じ」

「実際憧れてる人も多いかと思います」

「うーん、仄甘酸っぱい青春だねぇ」



でも、君も中々その素質がありそうだけど。とは、口に出しはしないけれど思ったことだ。
物腰柔らかで親切。丁寧語は彼のデフォルトらしい。女顔負けな大きな瞳は可愛らしいし、造形的には及第点だろう。何より、優しい男に女は弱いものだ。

こういうタイプも密かに好まれてたりするんだよなー、と内心にやにやしていると、本を仕舞い終えてこちらを振り向いた彼と眼が合った。



「不思議な人ですね」

「はい?」



一瞬、彼が誰のことを言ったのか解らなくて、目を丸くしてしまう。
私も私で手にあった本を片付けてしまったところだった。改めて書架に向き合う体勢で、首だけ横に捻ったまま停止する。

え? まさか、私? 私のこと言ってんの…?

不思議な色してるのはそっちでしょうに。すぐに笑って返したかったのに、じっと真っ直ぐにこちらを見つめてくる大きな両目に言葉を留めさせられる。

あ、これ本気の目だわ。
初対面であっても解るくらい、彼の表情は正直だった。



「紫原くんの話す感じだと結構自由人というか、マイペースな人のようなのに…わざわざこうして書物まで読み漁って勉強し直そうとする辺り、かなり真面目っぽくもありますし」

「えーっと……何で勉強のこと知ってるのかな」

「緑間くんが、この前の考査で浅縹さんがとんでもない点の取り落とし方をしたと愚痴っていたので」

「私のプライバシーはいつからそんなに安売りされるように…」



緑間くん…君って奴は。紫くんも紫くんで適当な紹介をしていそうだから、頭を抱えたくなる。

さっちゃん辺りなら気を利かせてくれていそうなんだけどなぁ…当たりが悪かったか。
額に手を当てた私に、申し訳ないと思ったのか目の前の黒子くんが眉を下げた。



「すみません。ちょっと常識から外れたところを歩いてる人ばっかりで」

「いや、まぁ、事実だしいいけどね…」



君に落ち度はないから、と苦笑いで首を振る。

けれど、そうか。傍目からは異常に映るあの私の試験結果は、バスケ部らしい人々にはバレているということか…。こっちは顔も名前も把握していないのに、そんな人にまで試験結果を知られているというのは…なんとも言えない微妙な気分になる。
別に、点数にプライドを持っているわけでも何でもないが、気持ちがいい話ではない。



「悪気はないんだろうけどね…」



緑間くんをとっちめてやろうかと僅かに過った気持ちは、しかし長続きはしなかった。
何せあの子も天然の気がある。自分の感情や偏った常識に素直なだけで、決して私を馬鹿にしたくて口走ったわけではないのだろうから。



(本当に、愚痴だったんだろうなぁ…)



馬鹿げた点の落とし方をしてしまった自覚はあるし、それだけ他者から見ても勿体なかったということだ。
特に真面目な緑間くんには、見過ごせない失敗だったのだと思う。

それにしたって、個人情報をばら蒔かないよう注意は必要だろうけれど。



「まぁいいや。とりあえず役立ちそうな本紹介してくれる?」



そっちには後で連絡を入れるとして、今はこっちの用件が大事だ。
思考を切り換えた私に微かに肩を揺らした黒子くんも、中々に順応性が高そうだ。すぐに頬を弛めたかと思うとはい、としっかり頷いてくれた。






空を写す水の黒




(この手はのめり込むと当時の服飾やら儀礼やら何やら気になってきちゃって困るよねー。面白いのに学校の勉強じゃ出ないし…)
(解ります…そっちもお勧めしたい本がいくつかありますけど)
(…こっち読みきれたら教えてくれる?)
(喜んで)

20140722. 



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