日本の資料の多くは、基本的に著者名よりもカテゴリ別に分類される。
一人の人物の作品情報を集めるには不便だが、一ジャンルに興味を持った場合は手間なく資料が集まるため便利な部分もある。
単に、近いサイズの情報媒体の方が書庫に納めやすいという理由もあるかもしれない。土地が狭ければ敷地も然り。スペースを無駄なく効率的に使用するために、こちらの分類法を用いているという可能性も捨てきれない。

それはまぁ、いい。そんな図書館事情は今の私には特に関係はない。
内容に重点を置いた分類法には、今に限っては目当ての資料を探しやすい分、素直に感謝しているけれど。



「しかし、多いなぁ…」



設備は充分な図書室の角、娯楽的な読み物を置いていない区域には生徒の影が少ない。
そんな生徒から見離されたような書棚の前に立ち竦みながら、私は一人で唸っていた。

世界の歴史、歴史大全、マンガで語る日本の歴史…エトセトラ。
シリーズ物から単発で出されたらしきものまで、大量に取り揃えられた書物の数には圧倒されてしまう。

数々の歴史書を前に悩む私の事情は、察せられるだろう。
つい先日の試験の結果。それが原因で私は本日、陽当たりの悪くない図書館の一角に佇んでいた。



(さすがに…ずっと間違った知識のまま進むわけにもいかないし)



元の自分に戻れる様子は、今のところはない。
となると、こちらに合わせて大凡の知識は詰め込んでおかなくては後になって自分が困ることになる。

担任である周防先生だけでなく、あの後答案を返却した世界史担当教員にまで真剣に嘆かれてしまったのも、効けた。さすがに申し訳なかったので、次の試験ではもう少し挽回したいと思っている。



(これでいつか元に戻れたりしたら、またごっちゃになりそうだけど)



そうなったらそうなったで、その時だ。どうせ分かりはしない未来。マイナス方向には想像したくない。

全冊借りることはできないはずなので、とりあえずは各シリーズから一冊ずつ中身を確認してみることにする。
取りやすい低い位置から本を抜き出し、片手に積み重ねていく。腕にかかる重さが限界になったら近場の長机に運んで、それを数度繰り返すと残りは最上の棚にある本だけになった。



「む…っくっ…!」



伸ばした手は、ギリギリ本には届いて触れられた。けれど、その先がいけない。
隙間なく詰められた本は表紙に横からの摩擦がかかり、素直に引きずり出されてくれなかった。
私は女子中学生としては標準身長で、力もか弱いというほどではないはずなのに、突っ張った腕と指先の力だけでは足りないようで。

く、悔しい…!
思わず、うぐぐ、と言葉にならない声が漏れた。
けれど、悔しがっても仕方がない。無理なものは無理だし、変に粘って事故でも起こしてしまったら事だ。
残念ではあるけれど潔く諦めて、踏み台を探すため近場を見渡そうとした時だった。

それまで書棚ばかり見ていたから気付かなかった存在が、すい、と横に立ったのは。



「…え?」



驚いたのは、人の気配に気付かなかったから。それだけではない。
目に鮮やかな赤い髪がいきなり視界に飛び込んできた所為で、その色彩に慣れていない脳が混乱しかけたのだと思う。

幼さを残してはいるけれど、整った横顔はその色と合わせて途轍もないインパクトがある。
呆然と固まってしまった私と顔を合わせるように身体の向きを変えたその男子の手には、私が取ろうとしていた本が納められていた。



「どうぞ。この本で合っているかい?」

「……えっ、ああはい! 助かりました、ありがとう」

「どういたしまして」



自然な動作で差し出された本を、何故か丁寧に両手で受け取ってしまう。そうさせる迫力というか雰囲気が、彼にはあった。

確か、紫くんが赤ちんって呼んでいた人だ。
初対面の時にも思ったけれど、頭から瞳から凄い色をしている。人間離れした色彩に目は驚かされるのに、きちんと見てみると整った容姿にやけにマッチしていて、感じていた奇抜さが引っ込んでいく。そんなところが美形はお得だ。

しかしこう、なんというか…現実感はない。
年頃の男子を見ている気がしない、というか。
本を受け取った体勢のまま、ついまじまじと見つめてしまった私に怪訝だったり嫌な表情一つ見せずに、目力を弛めた彼は柔く笑みの形をとっていた唇を開いた。

その本も悪くはないだろうが、と。



「もし借りる本に悩んでいるのなら、カウンターに行くといい。今いる図書委員なら、面白いものがあれば勧めてくれるよ」

「は……あ、どうも」



机に積まれた本を見て、私の目的を察したのだろうか。急なアドバイスにまた驚かされて、返しが適当なものになってしまった。
笑顔は、優しげだけれども。



(…呑まれてる?)



謎の迫力はあれど、親切な子だな…とは思う。
しかしその物腰からは育ちの良さが溢れているようで、ほんの少し私の背筋まで伸びた。

この子は、何だか普通じゃない。
紫くんの並外れた体躯も緑間くんの異常な信仰心も、普通でないと言えば普通ではない。が、それとは別の独特さが彼にはあった。



(髪が赤いからか…名前が赤だからか…)



もう一度、紫くんを思い浮かべる。赤ちん、なんだか目の前の存在にはしっくり馴染まないあだ名で、そう呼んでいた。
同時に、赤司征十郎という名前も思い出す。確か、首席の欄に並んでいた。こちらも字面のインパクトのおかげで頭に強く残っていた。

髪が紫で紫原。緑なら緑間。可愛いピンク色は桃井。紺色っぽいけど青峰。
…と、来たら。これは、間違いないのではないだろうか。



「えっと、赤司くん…?」



少し不安はあったが、異様な貫禄を持った子だ。学年一位の成績と照らし合わせてみて、外れている気はしなかった。
控えめに呼び掛けてみると、立ち去ろうとしていた背中が揺れて振り向く。

何か?、と。言葉はなかったけれど、再び向けられた瞳にそう促されたのが判った。
合っていたらしい。よかった、間違いじゃなくて。
ほっとして、やっと私も笑顔を返せる。へらへらしたものになっていないといいけれど。



「わざわざありがとう。カウンターに行ったら、訊いてみるね」



本当に助かったよ、ときちんとした言葉で伝えれば、一瞬丸くなった瞳はまたすぐに細まった。
ああ、と頷くその顔は、最初の硬い印象を裏切って、少しだけ幼く映った。

あら結構可愛い、なんて思えたのは一瞬だ。



「いい本が見つかることを願うよ」



浅縹さん、と。最後に呼ばれた自分の名前に、びしりと身体が固まる。

え、ちょっ…え…?



「何で、私まで知られてんの……?」



彼と友人らしきやり取りをしていた紫くんは、わざわざ私の名前を出して何かを話すような人ではなさそうなのに。

鮮やかな赤い色が書棚の角を曲がって視界に入らなくなった頃、呆然と呟いた私の声を聞く人は、いなかった。






優劣の付かない印象勝負




「…あれ?」



胸に残った衝撃は、今は置いておこう。
とりあえず、せっかくアドバイスを頂いたことだし…と、積み上げた本はそのままに入口付近のカウンターまで引き返してきた私は、見当たらない人影に首を捻った。



(カウンターに行くといいって言ってたけど…)



誰もいない。ということは、係りの生徒は書棚の整理でもしているのだろうか。
委員らしき生徒の顔は覚えていないけれど、なんとなく周囲に目を配った。



「貸出しですか?」

「え? うわっ!?」



その瞬間、掛けられた声に肩が跳ねる。
私が背を向けていたのは、無人のカウンター。そのはずなのに、振り向いたそこには一人の男子生徒が椅子に腰かけていた。

こちらを見上げてくる丸い目と、その髪は透き通るような水色をしていた。
つい、ヒクリと頬が引き攣る。

こ、これまた人間らしくない色彩じゃないですか…。



「え、えーっと…あなたいつ戻って…」

「最初からいました」

「……え?」

「目立ちにくいんです。それで、何かご用ですか?」



え? 目立ちにくい?
無理に笑顔を浮かべたまま、再度私の思考は凍りそうになった。

最初からいた、と彼は口にしただろうか。つまり最初からすぐ傍の椅子に座っていた、ということで?
私はそれに気付かずに無人であるものと思った、と…?

果たしてそんなことは、あり得るのだろうか。



(目立ちにくいとかいう言葉でまとめていいの…っ!?)



一瞬幽霊か何かかと思った…というか、今そうだと言われても違和感がない男子に、内心つっこむも思わず無言になる。
からかわれているのかとも思ったが、カウンターの出入り口は私のすぐ隣にある一ヶ所きり。知られずに出入りするのは難しいだろう。



「えっと……すごいね。いや、ごめんなさい。気付かなくて」

「大丈夫です。よくあることですから」



それは本当に大丈夫なの…?
あまりに自然なことのように返された所為で、私は乾いた笑顔を貼り付けたまま、浮かんだ疑問は疑問のままで葬ることしかできなかった。

お母さん、帝光中には、まだまだ不思議が溢れているようです。

20140629. 



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -