それは二限後の休み時間。
野暮用で教室を抜け出し廊下を歩いていたところ、今正に曲がろうとした角から勢いよく飛び出してきた影に、ぶつかられる寸前で身を翻した。



「う、わっ…すんませっ!」



私と同様にギリギリで躱したらしい男子が、焦った声を上げてその足にブレーキをかける。
危ないところではあったが、実際にぶつかられてはいない。いいえ、と軽く返しながら視線を上げたところで、一瞬だけ私の時間は止まった。



(おお、イケメン)



中学生にしては背丈のある子と知り合う機会があったけれど、この子も中々だ。しかも高い位置にある顔はちょっとどころでなく造形が整っている。

愛嬌を残した瞳に高い鼻、カサついていない唇は女子顔負けで、整った眉までバランスよく配置された肌には傷どころかニキビ一つ縁がなさそうだ。
キラキラと輝くオーラがその金髪から発せられているようだと、冷静な感想を抱く私の前ではっと背後を振り返ったそのイケメン男子は、焦燥を隠しもせずに視線をさ迷わせた。

バタバタと響く足音に、私が気付いたのはその時だ。
ヤバッ、と溢した彼がちょうど近くにあった図書室の扉にダッシュすると手を掛ける。走り込んですぐに閉じられた扉の向こうで、勢いよくしゃがみこんだのか、金色の頭が硝子窓から見えなくなった。



(……何事?)



慌てて駆け込むような用事が図書室にあったのだろうか。
不審な態度に首を捻ろうとした瞬間、大きくなった複数の足音の持ち主がまた目の前に飛び出してきた。



「うわっ! ごめんなさい!」

「いいえー」



さっき避けたまま、距離を置いていたおかげで今度もぶつからずにすんだ。
足音の持ち主達はきっちりとメイクのきまった今時な女子達で、その手にはそれぞれ何かしらの袋を持っている。

もしかして、さっきの男子を追い掛けてきたのだろうか。
一目で判断できるほど稀に見るイケメンだったから、確かにモテてもおかしくない。可愛らしくラッピングされた袋の中身は知れないけれど、プレゼントか何かか。
何だか青春っぽいなぁ…なんて目を細めつつ、関係のない私は曲がれずにいた角へ足を向けなおす。

集団アタックを受けるイケメンの図なんて漫画か何かでしか見たことなかったけれど、あそこまで顔が良ければ確かにあり得るわ。
面白いものを見た、と密かにほくほくしていると、途端鋭い声が背中に刺さった。



「あ! ちょっと! あんた!」



呼び掛けに応えられる人間は、視界に写る範囲では私以外にいなかった。長い休み時間でもないのに、図書室のある一角に訪れる生徒は少ない。
一応他に人影がないか確認してから私?、と通り過ぎたばかりの集団に振り向けば、彼女達の数名がこくこくと頷いた。



「そう、あんた! こっちに黄瀬くん来たでしょ! どこ行った!?」

「へぇっ?」



詰め寄られて、思わず背中が仰け反る。ついでに間抜けな声も漏れる。
すれ違うだけでは気付かなかったが、間近で見せつけられた彼女達の瞳はギラギラと輝いていて、獲物を狩ろうと舌舐めずりする肉食獣にそっくりだった。

わーお、ガチじゃないですか。



(これは怖い…かなぁ)



一瞬だけ目にした必死の形相が思い浮かんで、内心苦笑する。
ちょっとばかり引き攣りそうになる表情をなんとか笑顔に留めて、私は軽く首を傾げた。



「キセくん?」

「なに、しらばっくれんの? こっちに走ってくの見たから、無駄よ!」

「あーいや、ごめんなさい。私、転校してきたばっかりだから、そのキセくんって人は知らないです」

「は!?」

「そういや、いたっけ転校生…あんた?」



微妙な時期の転校生というのは目立つし、それなりに話題にもなる。
同学年らしきことを上履きの色で確認して答えれば、存外素直に受け止められたようだ。私です、と頷いた私を確認した女子生徒達は、納得したように息を吐いた。



「えっと、じゃあ、背ぇ高くてイケメンなんだけど」

「私の基準だと高身長イケメンは周防先生辺りになるんですが」

「うっ…あーもう説明してる時間もったいない! ごめんもういいわ!」

「はーい。授業に遅れないよう気を付けてー」



再び走り出した彼女らの背中は、図書室前の階段を下っていく。
手を振って見送り、その影が見えなくなった頃にふう、と一息吐き出す。同じタイミングで、カラカラとした小さな音を耳が拾った。



「あ」



腰を屈めているのだろうか。拳二つ分ほど開かれた扉の隙間、先程より低い位置に目立つ色の髪と瞳が窺える。
小さく発せられた声の次に言葉は続かない。私に向けられた視線は戸惑うように外されて、そして再びふらふらと揺れながら戻された。

なんともぎこちない。警戒でもされているのだろうか。
あの勢いで迫られているなら、女子一人を相手にしても警戒してしまうのは仕方なさそうなものだが。



「モテるってのもつらいね」



お節介を焼いたかと思うも、動いてしまったものはどうしようもない。

だってあんな必死な顔で困ってるとこ見ちゃ、ねぇ?
声を発さずこちらを見つめてきた男子生徒に苦笑して、今度こそ踵を返した私は教室に帰るための道を進み始めた。






黄色と無色の鬼ごっこ




と、いうことがあったんですよ。

手の動きは止めずに少し前の休み時間にあったことを語れば、すぐ隣で調味料を量っていた親友がああ、と頷いた。
紺のエプロンがクールな表情によく似合う浅香は、さも興味がありませんという風にキセリョか、と呟く。



「キセリョ…?」

「あ、そっか。かなちゃんはまだ知らないんだね…黄瀬涼太、バスケ部所属でモデルもやってる人気者なの」



何ぞそれ、と訊ねる前に、得意気な顔でテーブルを鋏んだ位置にいるさっちゃんが答えてくれる。

水色のエプロンでえへん、と胸を張る姿が可愛らしい。
ついでにその豊かさが際立って眼福であることは言うまでもない。が、そんな思考はおくびにも出さず、スライスして水にさらしていた玉ねぎを絞る私。一度した失敗は繰り返さない主義だ。

つい最近小さな修羅場を退けて以来、懐いてくれたらしいさっちゃんとの距離は少しずつ縮まっている手応えがあった。
可愛い女の子に囲まれる、この生活はちょっとどころじゃなく捨てがたいものがある。
はっきり言って至福だ。やっぱり口には出さないけども。



「へー、若いのに頑張るね」

「あんたも若いわ」

「はは、そうでした」



うっかりうっかり、と頭を掻くと三角巾がずれそうになって、慌てて正す。
さっちゃんの手によってマッシュされたジャガイモの中に温めた牛乳とコンソメが入っていくのをしっかりと目で確認して、具を煮込んでいる最中のフライパンにも意識を向けた。



「確かうちらの前がそいつがいるクラスの実習だったから、差し入れしたくて追い掛けてたんじゃない?」

「そうそう、確かお菓子がいいって女子が先生にごり押ししてメニュー決めたんだって!」

「そりゃまた…ガッツのあることで」

「キセリョも大変なんじゃないの」



大変と気遣うような言葉を出しつつもやはりどうでもよさげな浅香は、元々ミーハーな質ではない。
冷たくも見える態度は私の知る彼女と変わらないので、特に気にもならなかった。

けれど、ボールの中身をせっせと捏ね始めていたさっちゃんは、苦い笑みを口元に浮かべながら宙に視線を投げる。



「そういえば、既製品じゃないと怖くて受け取れないって言ってたかなぁ」

「へぇ…」



バスケ部のマネージャーを務めている彼女には、少なからず接点があるのだろう。キセリョとやらの事情にも詳しいのかもしれない。

二人が並んだら恐らく眩しいくらいの美男美女カップルに見えそうだけれど…同時にとても面倒な気配も感じられそうで、意味もなく肩を竦めた。



「モテるってのもつらいね」



何にせよ、程々が一番平和だ。



(ところで親友、その卵を何故レンジに運んでいるのかな?)
(茹で玉子作るって書いてあるから)
(浅香…それ、中身震動しすぎて破裂するよ)
(かなちゃん、ミートスパゲティの方は隠し味って何が一番合うのかな?)
(量った調味料の中に既にあるから、とりあえずその手に持ってる物は下ろそうね)

20140606. 



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