思わぬ出来事にタイムロスを食らった私は、待ち合わせ場所のある最寄り駅の改札を抜けると人並みを縫うようにして構内から駆け出した。
約束の時間から数分遅刻することに定評のある親友であったことはちょっとした救いで、駅からそう離れない石像近くに辿り着いて周囲を確認しても、馴染みのある面影を宿す女子はまだいなかった。

よかった。間に合った。
約束の時間を数分過ぎてはいるものの、相手より早く辿り着いたなら上々だろう。
安堵の息を漏らし、走ってきたせいで乱れた鼓動を落ち着かせる。これからまた若返っている知人に会うのだから、できる限り冷静さは取り戻しておきたい。
とはいえ、高校生に一目惚れされた挙げ句告白され、お友達になってきた先程のことがある。あれ以上の衝撃を受けることはないかもなぁと、変に頭はスッキリしていた。



(ある意味緊張は解れたかも…)



由孝くんさまさま、だ。彼には驚かされたけれど、今の心境は悪くない。
腕時計を確認しつつ心の中でお礼を言っていると、タイミングを見計らったかのように奏さん、と柔らかな声が死角から掛けられた。



「ごめんね、また遅れちゃった」



決心を固めることも忘れて振り向けば、申し訳なさそうに眉を寄せて息を乱した少女が近付いてきていた。
既に分かりきっていたことだけれど、私の知る親友の顔を幼くした彼女は、遠い記憶にあった姿と瓜二つ。懐かしさを感じずにいられない。

当たり前だけれど、やっぱり若い。
いや、二十代だって充分若いんだけども。それでも成長期に窺える若々しさとは別物だ。ついついじっと見入ってしまう。



「? 奏さん?」

「あー、いや、睦実さんだなぁと思って」



黙り混んでどうしたの?、と首を傾げた彼女の髪が揺れる。そういえばこの頃は伸ばしていたっけ。
へらへらと笑って誤魔化す私に不思議そうにしながらもそう、と頷いてくれた親友は、記憶にあるものと変わらない穏やかな笑みを浮かべた。









「とりあえずケーキセットでいいかな」



少し振りに会うのだから、遊び回るよりは話がしたい。顔を合わせてすぐに出した意見に二人ともが納得し、近くにあった喫茶店に入った。
因みに、襤褸が出るのも覚悟の上だ。私は神経を使うだろうが、記憶を照らし合わせておくのは今後のことも考えるとある程度必要になってくる。
元に戻れるかも分からない今だ。それなら、出せる襤褸は先に出しきっておきたい。



(不審に思われても仕方ない…)



睦実さんという人は普段から癒し系、言ってしまえばぼんやりした人だから誤魔化す相手には最適でもある。
騙すようで少し胸は痛むけれど、さすがに手段を選んでいられるような状況でもないので許していただきたい。けれど。



「私はパフェがいいなぁ」



ほわほわとした空気を漂わせる親友にくっ、と罪悪感で滲みそうになる涙を堪えて、店員を呼んで注文を済ませた。

中学生相手に物凄く悪いことをしているお姉さんの気分というか…良心が痛むことこの上ない。
私が私であることに変わりはなくても、彼女の知る私は恐らく私ではなくて…ああもう、ゲシュタルトが崩壊しかかる…!



「新しい学校、どんな感じ?」

「え? あー…クラスはノリいいかな。一日で溶け込めたかも」

「さすがだねー。奏さんならどこ行っても大丈夫だろうなーって思ってたけど」



どうしても揺れてしまう胸を落ち着けようと、コップに入ったお冷やを傾ける。
心配しなかったよ、と笑顔で話す彼女は、私が知る今の彼女とよく重なった。



「…私そんな大丈夫そう?」



喉を潤し罪悪感を飲み込みながら、純粋な疑問を投げ返してみる。
この頃の私はどんな性格をしていたか、自分ではもうよく覚えていなかった。そんなにコミュ力が高かっただろうかと、彼女の言葉に宙を睨む。
考えてみると、一番傍にいる両親が私の態度を不審がったりすることはなかったな。



「うん、だって奏さん明るいっていうか…人に合わせられる人だし」

「…そう?」

「そうだよー。奏さんがいないとつまんないっていう人、こっちにもいるよ」

「え、誰が?」

「えっと…美枝さんとか、由奈さんとか…幸ちゃんも顔に出てたかなぁ」



誰、とつい分かるわけがないのに、口に出して訊いてしまった。しまったと思いつつ平静を装う私には気付かず、睦実さんは指を折りながら知らない名前を並べていく。



(……ん?)



知らない名前、知らない人間。私の過ごした中学時期にはそんな名前の友人は存在しない。
しない、はずなのだけれど。

彼女の紡いだ名前を反芻した瞬間、誘発されたように知らない人間の姿が頭の中にぽんぽんと浮かび上がった。



「……!?」

「?…奏さん、どうかした?」



思わず、衝撃に耐えきれずテーブルを叩いてしまった。
目を丸くしてこちらを見てくる親友に、ハッとする。

まずい。妙な反応をしてしまった。
適当に流さなければ…と焦りかけた時、ちょうど注文していたパフェとケーキのセットが運ばれてきて彼女の意識はそちらに移った。



「わー、美味しそう」



うきうきとした気分を隠すことなく、スプーンを握ってくれた睦実さんに隠れて息を吐く。
一気にスピードを上げた鼓動がバクバクと響いて、今にも叫びだしたかったけれどそうもいかない。

美味しいよ、と幸せな笑顔でパフェを口に運ぶ彼女に相槌を打つ私は、もうケーキの味なんか判らなくなってしまった。



(何…今の)



浮かんだ面影は一瞬で消えることなく、掘り下げようとすると様々な場面が脳内に広がり始める。
知らないはずの人間の姿、表情、行動…確かに共に過ごした時間が湧き水のように溢れかえってきて、慌てて思考を現実に引き戻した。

何、これ。本当に、何なの。



(思い出?…私の?)



この身体で過ごした、元の私の思い出だろうか。私自身の記憶に食い込み始めるそれに、軽く寒気がした。

今まで、それらしき記憶がなかったから置かれた現状にだけ対処できればそれでよかった。
けれど、もしかすると私は…この入れ物に私が入ってしまっただけでなく、融合してどちらともつかない、別物に成り変わろうとしているのだろうか。



「どうしたの、奏さん」



ぼうっとしてるよ、との親友からの言葉に、板についた笑顔で睦実さんには言われたくないなぁ、なんて冗談めかす。そうしながら、再びぐらぐらと揺れ始めた自分に内心苦虫を噛んだ。

私が私でなくなる感覚は、果たして良いものなのか悪いものなのか。判断がつかない。



(…まだ、決まったわけじゃない)



この身体の私の記憶が偶然、蘇っただけかもしれない。
ああ、でも、そうなるとどうなるんだろう。この身体の記憶が蘇れば、知人と接触しても問題なく接することができる。けれどそうなると元の私の記憶は、意識は消えてなくなったりはしないだろうか。
もしくは、混同してどちらがどちらの持ち物か、判らなくなってしまうのでは。



(やめよう)



あまり考え込むと、深みに嵌まってしまいそうだ。
今はただ、大好きな親友が存在してくれたことを喜んでおこう。

そうだ。だって、出逢えない人には二度と出逢えないのだから。
大切な人だけでも存在して、今までと同じように接してもらえるだけ幸せだと思わないと。



「…私も、奏さんいなくなって寂しいな」

「私だって、睦実さんいないの寂しいよ」



天使のように優しい言葉ばかりを掛けてくれる親友に、心から親しみを返すのは前も今も変わらない。
年齢が退行して姿が幼くなっても、私以外はきっと、そのままなのだと信じられた。






私の知らない私の思い出




私が変わってしまっても、変わらないものは変わらない。

20140328. 



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