見ず知らずの子供に話し掛けその涙を止める優しさ、慈愛に溢れた純粋な笑顔、君こそ地上の女神に違いない…!

正に立て板に水を流すように捲し立てられて呆然と固まるしかなかった私も、一瞬の沈黙からざわめきを取り戻した車両内、四方八方から寄せられる見世物を見るような視線にあてられてすぐに正気を取り戻した。
何とか止まっていた息を整えて、何処かへ飛んでいっていた思考を手繰り寄せる。



(何だこれ…)



ナンパ? ナンパなの?
にしては台詞がくさすぎるというかドリーマーっぽいというか、違和感がありすぎるんだけども。

思考停止している間に、ぎゅっと両手を合わせて握りこまれていたらしい。白く細い指先まで美しい…なんて呟いているイケメンさんを仰ぎながら、何と返したものか判らない。



「え、えー…っと」

「ここで会えたのはきっと運命だ、心優しきお嬢さん、君の名前は!?」

「あー…ちょっとさすがにこの視線の海の中では告げられませんよね…」



初対面で素性も知らないし。ネット社会は怖いし。
彼越しに見渡した車両内で、携帯をこちらに向けている若者が数名いるのを確認して乾いた笑いが漏れる。

面白い出来事はネタにされるのが運命だ。電車内にて堂々とナンパ(?)する学生なんて若者の話題に上がらないはずない。
肖像権総無視か…と溜息を吐きたくなるものの、気持ちは解らないでもないし、今は目の前の現状の方が気になって仕方ないので視線を戻した。

真剣な顔を赤らめたまま私を見下ろしてくる、恐らくは男子高生。
口にされた言葉は突拍子のないものだったけれど、風貌を見る限りは悪い子ではなさそうだという印象を抱く。
艶のある黒髪に涼しげな目元、鼻筋もすっと通っている。肩に掛けているバッグは、よく運動部の子が下げているようなエナメルだった。



「えーと、誉めてくださり…ありがとうございます?」



多分、何となくそう感じたというだけだけれど、叫ばれた恥ずかしい台詞に嘘はなかったのだろうと察して頭を軽く下げる。
何かしらの反応を返さないことには、この場も切り抜けられないだろう。

多数の視線に晒されていることには、もう今更過ぎて羞恥心も消えつつあった。
別に私が恥ずかしいことをしたり言ったりしたわけでもないのだし、気にしないようにしよう。そう思って再び顔を上げれば、未だ握られたままの私の手も巻き込んで彼がふるりと震えた。



「っ…き」

「あの、大丈夫ですか?」



色々と…本当に大丈夫かこの子。

面白くはあるけれど物凄く不器用そうな子だなぁと覗き込めば、目を見開いた彼はずいっ、と距離を詰めてきた。



「君が好きだ…!」

「……はっ?」



おおお、と一気に盛り上がった車内のことはひとまず置いておいて。

驚いて言葉を失ったとしても、今度は頭の方はしっかり回ってくれた。
さすがに、急展開にも程があるだろとツッコミを入れてくれる私の脳は中々にタフにできている。
いや、そんなことは若返った日から解っていたことだけども。



「君の、さっきの子供に向けた笑顔に一目惚れしてしまったんだ! そして今もまたオレは確信した、君がオレの運命の女神に違いないと…だからどうか、オレと付き合ってください!」



浅縹奏精神年齢二十二歳。ただいま電車内にて初対面の学生に告白されました。

わーおこりゃまた貴重な経験だわー、と思わず現実逃避に走った私は決して悪くないと思う。
だって、初対面の学生に一目惚れだとか言われてぶっ飛んだ台詞で告白されるイベントとか。
ツッコミ所が多すぎて何から指摘すべきなのかも判断できない。ついでに、周囲の他人の見守りつつ期待するような眼差しにもさすがに耐えかねる。

普通のナンパなら適当に流せたはずだが、何から何まで予想外すぎて。
どうしたものだろうかと唸りそうになった時、タイミングがいいのか悪いのか、停車した電車のドアが開いた。

これも巡り合わせか。
降りろと言わんばかりに開くドアに、息を吐く。



「ちょっとすみません、降りましょうか」

「えっ」



ドアを潜り抜ける時、不満げな声を上げる若者が車内に数名いたことにまた微妙な気持ちになりつつ。
握られたままの手をそのまま引いてホームに降りれば、驚きに目を瞠りながらもちゃんと着いてきた彼は戸惑うように私を見下ろしてくる。



「えっと、あの、」

「中だと目立つので。急ぎの用があるなら戻ってもいいですよ」

「えっ!? い、いやいや、オレは用事は特にないから大丈夫…君は?」

「多少は時間に余裕はあるので」

「そ、そっか! それで…ええと…」



先程の勢いが崩れ始めたのか、急にまたそわそわと窺い見てくる様子は、イケメンなだけあって可愛らしい。評価できる。

勢いだけで突っ走っていた感はあるけど、言葉に嘘はないんだろうなぁ…。
初めて接するタイプだけれど、これでも私は観察眼にはちょっとだけ自信がある。

まぁ、本気だったとしても流されるほど単純でもないし、何より年齢に問題があるのだが。



「さすがに初対面の人とは付き合えませんね」

「!? そ、そんな…!」



引き摺ってこられたからには期待していたのか、私の返事にショックを露にする学生に、つい笑いが漏れる。

何か、なぁ。
ノリが軽いと言われてしまいそうだけれど、こういう反応は楽しいし、嫌いじゃなかったりして。
情けなく眉を下げて離れていく手を、右手だけ握り直した。



「でもその気概と面白いくらいの正直さは、買いだと思うので。お友達になりましょうか」



ね。

好意を持たれるのは悪いことではないし、見ていて面白い人間は単純に好きだ。
にっと笑って見上げてみれば、一瞬にして顔色をよくした彼は喜んで、と激しく頷いた。







常套句すら輝いて




「森山由孝、さん。何て呼びましょうか」



すぐさま交換されたアドレスのプロフィールを覗きながら訊ねると、携帯を掲げて喜びに浸っていたらしい彼が生き生きとした顔で振り向く。



「ぜひ名前で! あっそれと口調ももっと気安い感じだと嬉しい!」

「あ、やっぱり高校生だ…じゃあ由孝先輩?」

「学校違うし、先輩はいいよ。奏ちゃんは中学生なんだな…雰囲気大人っぽいから高校生かと思ったよ。あっ、勿論いい意味で! 魅力的だと思うよ!」

「あはは…」



天然なのに侮りがたいなこの人。

僅か数分で中身の年増さに気付かれて若干切ない気分になりつつ、いやいやまだ私は若いぞと自分に言い聞かせる。
現役中高生には敵わないけれど、私だってまだまだ女盛りの気持ちを捨てたくない。

というのは、今はまぁ、どうでもいいことで。



「じゃ、由孝くんで」

「っ…由孝くん…いい響きだ…実に付き合い始めの初々しいカップルらしい…!」

「由孝くん面白いねぇカップルじゃないけど」

「この手厳しさ! でも距離感が縮まって嬉しいよ奏ちゃん…!」



見ていて飽きないことこの上ない。

面白いくらいに浮かれている学生、もとい海常高校一年森山由孝くんのアドレスに再び目を落としながら、私はこれも悪くはない縁かと笑みを漏らした。
親友への土産話も、また一つ増えたことだしね。



(毎日メールするよ!)
(毎日は私が返せるか分からないけど、それでよければねー)
(ありがとう! ありがとうオレの女神!!)
(さすがに叫ばれると目立つし女神はやめようか?)

20131215. 



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