「ええっと…なにかな?」



唐突にそれまでの言い争いを止めてぐりん、とこちら側に向けて首を捻った二人組に、情けないことに思わずびくついてしまった。

いや、だって同じタイミングで振り向かれたらそりゃあ驚くっていうか、びびるよね…?
しかも、二人揃って真顔だし。



「かなちゃん…?」

「は、はい? どしたの、さっちゃん?」



そのまま無言で容赦ない視線に突き刺され続けるのかと思いきや、表情は固いままであれども先に口を開いてくれたさっちゃんに軽く安堵する。
できるだけ自然にへらりとした笑顔を返したのだけれど、私を見つめる彼女の目力が弛むことはなかった。



「今、かなちゃん、なんて…?」

「へ…?」

「その雑誌に、なんて!?」

「うおっ…え? 何って、雑誌…?」



ゆらりと向きを変えた彼女に両肩を掴まれて、身体が軸から揺さぶられる。
雑誌、と言われて思い当たるものは一つしかなく、未だ両手で開いたままだったグラビアに目を落とした。

何度見ても蠱惑的なスタイルの女性が写っていて、つい節々まで目がいってしまうのは人の性、というか。



「…いいおっぱいだなぁと?」

「いっ…」

「あっもちろんさっちゃんも負けてないよ! この歳だと若さとハリが違う」

「いやあああ!」

「へっ?」



今度はずざあっ、と音を立てて遠ざかったさっちゃんに、またも私はついていけなかった。

え? 何? 何かまずいこと言った?
混乱する私から離れた彼女はというと、両頬に手を当てて明らかに顔色を変えている。
そんな姿も可愛いなぁなんて考えている場合ではない。この反応は。



(退かれている…だと…!?)



何故か著しくない反応に慌ててフォローを入れようとすれば、今度はがしりと、強い力で他方から腕を掴まれた。



「お前…っ」

「は、はい?」



この一大事に一体何なの。

振り返れば先程までさっちゃんと言い争っていた褐色肌の男子が目を輝かせていた。
今はさっちゃんの反応を気にするべきところなのに、喜色満面な様子についまた推し負けてしまう。



「お前、見る目あんじゃねぇか…!」

「………お、おう…」



仲間を得たり、といった表情で見下ろしてくる彼は、今や椅子から立ち上がってまで迫ってきている。

その様子に一言感想を述べるとすれば、とりあえず、あれだ。



(でかいわ……)



立ち上がられて分かったその上背にまた圧倒されつつ頷けば、とてもいい笑顔をいただいてしまったが。

紫くんといい緑間くんといいこの子といい、最近の子の発育よすぎじゃないか…?

中学時代にこんなに背丈のある人間はいなかったように思うのだけれど、やはり何か、こちらでは遺伝子的な部分の作りが違うのだろうか。
男子の成長期はもう少し後だったはずなのに、私の隣までやって来た彼も異様に逞しい体つきをしていた。



「やべぇよなこのデカさ。やっぱマイちゃんは違ぇわ」



それに対して、中身はなんとも中学生らしい思考をしていそうだが。
未だ私の手の中にある雑誌を覗き込む男子の言葉に、つい意識が引きずられる。



「まぁ大きさも大事だけど、美しさもポイント高いね。ハリ過ぎずいい感じにたゆたゆしてて柔らかそう…ポージングも堪らないものが」

「かな、ちゃん…」

「え? あ、ごめんさっちゃん、私さっき何かまずいこと言っ…た…?」



危なく女体の素晴らしさについて長々と語り始めそうになったところ、震える声に名前を呼ばれて顔を上げた私は、発信源を確かめて固まってしまう。
私の視線の先、ふるふると身体を震わせながら信じられないものを見るような目付きでこちらを見ていたさっちゃんは、ぐ、と拳を握り締めた。

あれ、何かこれヤバい感じ…?



「かなちゃんの…裏切り者ーっ!!」



高い怒声が、一発。
おそらく、室内から廊下まで突き抜けた。

余韻を残したままバタバタと教室を走り出ていってしまった彼女を追い掛けることもできず、しばし呆然としてしまった私はぎこちない動きで、室内に留まったもう一人を振り返った。



「…あの、私、何がまずかったのかな…?」



名前も知らない男子生徒ではあるが、飄々とした態度で私の手から雑誌を取り戻す彼は落ち着いている。
見掛けた時も言い争っていたし、慣れているのだろう。そう推測しながら問い掛ければ、私に視線を戻した彼の眉間に軽くしわが寄った。



「あ? あいつがこーゆーの嫌いって、知らなかったのかよ」

「…あー…あーうん。そっか。そうね…中学生だもんね…潔癖にもなる年頃か…」



そうか。そうだった。思春期真っ只中だと、昼間にも考えたことだったのにすっかり頭から抜けていた。

そりゃあこの歳の女子なら、たかがグラビア雑誌であれど学校に持ってくるなんてとんでもないことだろう。
もしかしたら持っていること自体不快感を擁するものなのかもしれない。



(しくじった…)



どうも私個人の感覚で接すると、ぼろが出るな。

ごめんよさっちゃん…と内心で謝りながら額に手を当てて反省していると、机に置いていた鞄を手に取った男子生徒はどこか呆れ混じりな視線を投げてくれた。



「さつきもうっせーけど…お前も変わってんな」

「そうねー…ていうか、仲良いんだね。名前呼びなんだ」

「あー、昔っから知ってっから」

「へぇ…」



幼馴染みというやつだろうか。距離のないやり取りをする彼女を見たのは短い期間の中では初めてだったし、かなり親しい関係ではあるのだろう。

さっちゃんがいなくなればこの教室に留まる理由もない。
歩き出した彼になんとなく連れ立って教室を出て、溜息を吐き出した。
仲良くなるどころか、一歩引かれてしまった気がするし。本当に今回は不覚だった。



「で、お前さつきのダチ? 見たことねーけど」

「まぁそうなりたいんだけどねー。中々さっちゃんガードが堅くて」

「あんま女友達いねーしな、あいつ」



ああ、やっぱりそうなのか。

何でもないことのようにさらっと口にされた事実には、そうなのではないかと予想できたことなので驚きはない。
クラスで特別浮いているというわけではないけれど、決まったグループに属してもいない。今日、幼馴染みという彼に見せていた一面が恐らくは彼女の素であることも察して、私はほんの少し口角を上げた。



(まぁ、でも)



悪くない傾向かもしれない。
幼馴染みに並ぶように強く当たられたくらいなら、仲良くなれる可能性もしっかりあるということだ。



「私最近転校してきた浅縹奏っていうんだけど、君は? アオミネくんだっけ?」

「青峰大輝。つーか、転校生ってお前だったんだな…どーりで」

「ん?」

「さつきが変わった奴が来たって言ってたの、思い出した」

「…いい意味で捉えておこう」

「ま、いんじゃね?」



とりあえず頑張れよ、と適当な応援をくれる彼、青峰くんとやらも悪い子ではなさそうだ。
そう結論付けつつ、これから部活に向かうという彼と進む先が別れるまで、他愛ない会話の中から使える情報を見付け出すことにした。

せっかくの学生生活、潤わせないなんて勿体ないし、ね。






禍転じて福となす




これでいて私は、頗る諦めが悪い女なのだ。

20130928. 



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