昨日拾った市松人形、通称松子が本名であったことには多少驚きつつも、何故校舎の敷地内に落ちていたかという謎はこれで解けた。
謎は、解けたのだけれども。
「何故松子を! 何処で手に入れたのだよ!?」
何か面倒臭いぞこの子。
数秒前までのテンポは悪くなかった会話を忘れたように、しっかりと両手で市松人形を抱えた少年に睨まれる。
もしかして盗んだとでも思われているのだろうか。だとしたら心外だなぁと、ついつい溜息が漏れる。
朝からどっと疲れてきたなぁ…やっぱり歳か。一応身体は中学生なんだけどなぁ。
「これは今日のラッキーアイテム…念には念を入れて昨日の内から準備していたオレの市松人形なのだよ!」
「えー…昨日の内にラッキーアイテムって分かるの?」
「おは朝をなめるな。一日前の予報は基本なのだよ。だがそれはどうでもいい。問題は何故お前の手に松子が渡っていたかで、」
「昨日拾ったから」
「…何?」
「校門近くで拾ったの。でも私昨日転校してきたから、落とし物を届ける場所が分からなかったの。急ぎの用もあったし、今日登校してから届けるつもりだった。これで納得していただけます?」
アンダスタン?、と首を傾げながらぐいっと顔を近付けてみれば、眼鏡の奥は中々の美人さんなことに気付く。
びくりと肩を揺らす様は可愛げもあるし、少し思い込む性質のちょっと電波であり口調が古めかしいところを除けばイケメンである。マイナス要素が結構厳しいけども。
しかし直前に身を呈して庇っていたのが効いたのか、驚いたように目を瞠った彼は案外簡単に信用してくれたようだ。
一瞬過った警戒心はすぐに霧散した。
「そ、そう…なのか?」
「そうなの。まぁ、紛らわしくて申し訳ないけどね。届けられなかったことは、都合がつかなかったから仕方ないと許してほしいな」
「い、いや…気付いたのは部活後だったから届け出られていても間に合いはしなかった。それを考えればお前が持っていてくれて、朝から出逢えて救われた部分もなくは…ない、のだよ…」
「そ? ならよかった。ラッキーアイテムあるならもう大丈夫なんでしょう?」
「あ、ああ…」
もごもごと、落ち着かない様子で尻窄まりになっていく口調は、罪悪感でも感じているのだろうか。視線も逸らされてしまった。
個性的な子ではあるけれど、まぁ、可愛い反応だ。別に怒る気は更々ないんだけどね。
ずれてもいない眼鏡を押し上げている少年にへらりとした笑みを浮かべて見せると、困惑する瞳と再びかち合った。
「よかったね、万事解決。命の危機もなくなるよ」
「…ラッキーパーソン牡牛座は、伊達ではなかったのだよ」
この言い種、お礼の代わりか。
判りにくいなりに何となくそんな空気を感じ取って、軽く吹き出しそうになった。
節々から感じていたけれど、なんというか…この子は俗に言うツンデレってやつなのだろうか。素直じゃない。けれど何となく判りやすい。
特に好きな属性というわけでもないけれど、これはこれで可愛いものなのかもしれない。しかし指摘すると嫌がられそうなので、そっと心の中で納得する。私は空気の読める大人です。
「しかし、ラッキーパーソンねぇ…今のところ私には特にラッキーは降りてきてないなぁ」
確か、運命の出逢いがどうたらとか言っていた気がするけれど。
運命の出逢いというかこれ運命信者との出逢いじゃね?、と思う私は多分間違っていない。
キャラ濃い美人ではあるけれど、特に好みにストライクというわけでもないし。
というか、ぶっちゃけずとも年下は範疇外だ。イケメン獲得を応援していた母には悪いけれど、個人的にアラサー以上が望ましい。
中学生の身ではガチで落としにかかるのはきついけどね。いやまぁ今現在恋愛云々言ってられるほど余裕な状況じゃないし、いいんだけどさ…。
「…おは朝星占いを甘く見るな。侮辱は許さん」
そんなどうでもいいことを考えていると、平常に戻っていたようだった少年の機嫌が下降していた。
視線をそちらに戻せば、どうやら私の言葉が気に食わなかったらしい。眉間にシワを寄せた彼の手の中で、握り締められる松子が苦しそうにしている。
(ころころ機嫌変わるなぁ)
思春期となると、ここまで感情の浮き沈みが激しいのか。周囲に合わせることに馴染んだ大人としてはその表情筋の動きが新鮮に思える。
別に侮辱したつもりはないし、単に私が占いのようなものを信じるタイプじゃないってだけなんだけども。
「えーっと…私が信じなくても君は信じてるんだからいいんじゃない?」
無駄に不快感を煽りたいわけでもない。だからこそ納得いくように適当に流してしまおうと思ったのに、私のそんな気持ちを読めないのか読む気がないのか、目の前の少年はぐい、と眼鏡を押し上げると何故か胸を張った。
「解った。ならオレが証明してやるのだよ」
「はい?」
「何か一つ願いを聞いてやる。それでオレはお前のラッキーパーソンだ」
「…えええ…それはちょっと無理矢理すぎるような」
「うるさい! 何か願いはないのか、願いは!」
「いやもうそれラッキーの押し売りだよ…?」
願いを一つ叶えましょう、ってか。何そのファンタジー。なんだかお姉さん結構疲れてきたし、さっさと学校行きたい…よ……。
(ん…?)
溜息を吐きそうになった頭でまてよ、と呟く。
そういえば、学校だ。
何となく歩き出して彼に着いてきていたから考えていなかったが、もう結構な道のりを通り過ぎてきたように思う。
残念ながら道筋に気を配っていなかったから覚えていないけれど、これはわりといい出逢いだったかもしれない。
今更ながらそう思って隣を歩く彼を見上げると、眼鏡の奥の瞳が瞬いた。
「何だ。決まったのか?」
「あーうん、まぁ…若干手間かもしれないんだけど」
「聞くだけ聞いて判断する」
ここで何でも聞いてやるとは言わない辺りは慎重だ。
それくらいの感覚が楽ではあるから、私も遠慮なく一つ浮かんだ事柄を口にすることにした。
「ほら、私昨日転校してきたって言ったじゃない? それで、登校は徒歩だから学校までの最短ルートとか…使える道を教えてくれるとすごく助かるな、と」
「……」
「あ、駄目?」
「いや…構わないが。そんなことでいいのか?」
「うん」
私にしてみれば開拓が楽になるから大助かりだ。
こくりと頷いてみせれば、若干府に落ちていなさそうではあったものの少年は聞き入れてくれたらしい。それから学校までの道程、丁寧に道の作りを説明しながら案内してくれた彼は、私が早く起きれる限りは覚えるまで付き合ってくれるとまで言い出して。
別にお前のためじゃなくおは朝の力を証明するためなのだよ、なんてツンデレのテンプレートのような台詞は付いていたけれど、とりあえず私は笑顔でお礼を言っておくことにした。
面倒なことにはもうつっこまないよ私。
助かるってのは本当だからね。
確保したのはナビゲーター(あ、そういえば自己紹介してなかったね。私浅縹奏っていいます)
(ああ…オレは緑間真太郎だ)
(…そんな気はしてた…うん…緑だと思ってた…)
(? 何をぶつぶつ呟いているのだよ)
(や、何でも。とりあえずよろしくね緑間くん)
(…まぁ、よろしくしてやらんでもないのだよ)
(あはは、ありがとう)
(……ふん)
20130718.