「えー…っと、大丈夫?」



頭上から植木鉢が落ちてきて危機一髪、なんて。全くどういう展開なんだか。

微妙な気持ちは隠しこんで、呆然と尻餅をついた状態でこちらを見上げてくる眼鏡の彼に苦笑を向ければ、はっと息を飲んで頷き返された。



「す、すまない…助かったのだよ…」

「えっ」

「? 何だ?」



え? いや、ええ…?

髪の色はともかく、見た目からは真面目な優等生オーラを発している少年の口調に、余裕を取り戻しかけていた私はまたぴしりと脳内に亀裂が走る音を聞いた。



(のだよ…!?)



え、ちょ、いつの時代の人間ですかその語尾。年季の入った文学作品くらいでしか聞かないよそんな話し方。

新たなキャラ性に戦慄を覚えつつも顔面はキープした私をやっぱり誰か褒めるべきだと思う。
どことなくおかしな世界ではあるけど、本当に妙な爆弾落としてくれるな…!



「いやあ、何でもないよ。とりあえず立とうか。学校遅れちゃうとあれだし」

「…ああ」



心を落ち着けるために深呼吸しながら、まだ座り込んだままの少年へと手を差し出す。一言礼を言いながら素直に手を取って立ち上がった彼は、やはり中学生にしてはかなり上背があった。



「帝光中か」

「君もね…って、そうだ、学年! もしかして先輩…だったりします?」



まずい。驚きのあまりまたもや年齢確認を忘れていた。
恐る恐る見上げた先でずれた眼鏡をなおしていた彼は、私の言葉に何故かぱちりと目を瞬かせた。

何かおかしな発言でもしてしまっただろうか。不思議に思って首を傾げると、何かを考えるように間を置いていたその唇が開く。



「二年…だが」

「あ、本当? よかった、私も二年。身長あるから年上かと焦ったよ」

「…同学年なのに知らない人間もいるのだな」

「へ?」

「いや…何でもないのだよ。とにかく助かった。今回は本当に命の危機だったからな」



地面に散らばった陶器の破片を苦い顔をして見下ろす彼の言動は、何かと引っかかる。
知らないことに驚いていたようだし、もしかして学校内では有名人だったりするのだろうか。この髪色と口調じゃあ確かに目立つかもしれない。

いや、でも髪色だけでいくならもっと刺激の強い色の人間も見かけたし、紫くんに限ってはあの髪色であの上背で大量のお菓子を持ち運んでいたし…よっぽど彼らの方が人目を引きそうなものだが。
それよりも気になるのは、その後の発言で。



「今回、って…君そんなに危ない目に遭ってるの?」



なんとなく、疲れた様子を嗅ぎ取ってお節介を焼いてしまうのは悪い癖だろうか。
不穏な空気を感じて問い掛けた私に、返ってきたのは更に苦々しい表情だった。



「朝から眼鏡は割れるわ破片で足を切るわ、階段から落ちてきた妹を受け止めて背中を打つわ何故か壊れていた水道管の所為でオレだけ水を被るわ、何とか身支度を整えて家を出るもいつも通る道が通行止めで回り道する羽目になったがそこは早めに家を出ていたからまだ救われた方だな。それから…」

「もういい、もういいよ…」



何この子。不運の星の下にでも生まれてきたの…?

一つ一つはそう大きな問題ではないけれど、積み重なると悲惨にも程がある。更に言い繋げようとする少年に同情心を駆り立てられて、ついその背中を慰めるように叩く。はああ、と疲れ切った溜息を吐き出した彼は顔を上げた。



「…だが、今日を乗り越えれば何とかなるのだよ」

「…? 今日何かあるの?」

「別に毎日ついていないわけではない。今日は蟹座が最下位だったからこうなだけで」

「最下位?」

「おは朝星占いの結果なのだよ。…そういえば、お前の星座は?」

「牡牛座だけど…」



え、この子本当に何言ってるんだろ。お姉さん頭がついていかない…というか初対面にお前言うな。

真面目そうなのに傲岸というか、わりと失礼な子なのだろうか。しかしおは朝星占いという単語には覚えがある。確か今朝やたらとくどい占い結果を述べていたような、あれだ。
確か私は一位だったなぁと思い起こしながら質問に答えると、眼鏡の奥の瞳がカッ、と見開かれた。
何ぞその迫力。



「ラッキーパーソンは牡牛座…そうか!」

「んん…?」

「頼む! 今日一日、できる限りオレの傍にいてほしいのだよ…!」

「…はい?」



がしり、捕まれた両肩に、傾けた首がこきりと音を立てた。
もう何か話の流れが読めないんだけど…これ、もしかして歳か。歳の所為なのか。

ラッキーパーソン…といえば、私も蟹座だったような気はするけれど、今のところ特にラッキーは降りてきていない。
そんなことを考えるより、まずは目の前の少年に答えを出すのが先決だろうが。



「とりあえず…無理だよね?」

「なっ…!?」

「そんなショック受けられても…初対面の人間と、お互い学校生活もあるのにずっと一緒にはいられんでしょ…」



必死に取り縋ってくる彼には悪いが、一時的な人助けと慈善行動は別物だ。転校したての私はコミュニティ形成をしっかりと行わなければならないし、他クラスの一男子と四六時中過ごしたりすればそれは悪目立ちしてしまうだろう。
思春期でなければその辺りは気にされないかとは思うけれど、残念ながら今の私は中学生。色恋に敏感なお年頃である。

だから申し訳ないけど…と断りを口にするのだが、対する少年も引く様子はなく、必死な表情で縋りついてくる。どうでもいいけど握り締められた肩が痛い。



「オレの命が掛かっているのだよ…!」

「ええ…いや、病は気からだよ。占い最下位だからって死にはしないって…」

「現場を見ていてそれを言うのか!?」

「偶然だよ偶然…ね? がんばれ少年!」



大丈夫大丈夫、気にしすぎだって。
そんな気持ちを込めて中学生にしては広い肩をぽん、と叩くと、みるみるうちに顔色を悪くした彼はあからさまに落ち込んだ。

うわぁ罪悪感駆り立てられるわー…。



「せめて…ラッキーアイテムがあれば…」

「ん?」

「ラッキーアイテムがあれば補正できるのだよ…なのにこんな日に限ってなくして…!」

「えー…」



この子まさか毎日ラッキーアイテムを持ち歩いてるのか。



(ここまで電波なキャラが現実にいるとは…)



大げさに項垂れる緑色の頭に若干引き気味になりながらも、本人は至って本気の様子なので良心が痛みもする。
このまま放置するのもあんまりな気がして、ついついその真っ青な顔を覗き込んだ。



「あの、ラッキーアイテムって何なの? 私が持ってるものにあれば貸すよ?」

「あるわけないのだよ…普段から市松人形を持ち歩くような女子がどこにいる…」

「え?」

「…? 何だ?」



市松人形。その単語には覚えがある。そしてラッキーアイテムをなくしたと口にした彼の言動を振り返った私は、まさか…と思いつつバッグの中にちょこんと座らせてある松子を見下ろした。

まさか…でも、この不思議言動を放ち続けている彼だし、或いは…。
とりあえず確認を取ってみようかと、訝しげな目を向けてくる彼の前で鉄板に守られるように鎮座している松子を、バッグを開いて見せてみた。



「えーっと…市松人形なら、ここにあるんだけど…」

「!? ま、松子…!?」



あ、松子本名だったんだ。

持ち主この子だったのか、よりも先に浮かんだのはそんな思いだった。
だってなんだか、とてもしっくりきてしまったのだ。






驚愕と納得の緑色




衝撃を全く裏切らない子だなぁと、奪われる松子を眺めながら思った。


20130629. 



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