これは、どうしたものだろう。

校門を潜り抜ける手前で立ち止まったまま、私は行く手を阻むように転がっている落とし物を見つめながら唸った。
バッグ回収に思わぬ時間を食ってしまった所為か、部活時間に差し掛かってしまったらしい。校内と言えど辺りを歩いている人間はおらず、それがまた私に深い溜息を吐かせた。

今日はあれか。拾い物に縁がある日なのか。
その場に放置するのも何となく可哀想なそれを、仕方なしにしゃがみこんで拾い上げ、砂を払ってやる。全体的に紅い上品な柄の着物を纏ったそれは、女の子の市松人形だった。



(怪しいから拾われなかったのかな)



帰宅部の人間も少なからずいるだろうに、放置されたままというのはそういうことだろう。
まだ時間は夕方でも、校舎内に謎の日本人形が転がっているとなると、不気味な気持ちを抱くのも理解できないこともない。

歳が歳だし、特に怖がりなわけでもない私には気にするところではないのだけれど。



「しかし…わりと上等物なんじゃ…」



何とも不可思議な落とし物ではあれど、普通に考えて大切な物だと思う。学校に持ってくるような物ではないけれど。
教師の終業時間にはまだ早いから、恐らくは生徒の持ち物だ。地味に模範的優等生を貫きたい私としては、次にとる行動は決まったようなものなのだが…。



「待たすと怖いんだよな…」



うちの母。

中学高校時代の私には、当日の献立に必要な材料を速やかに手に入れて帰宅するというミッションが課せられていたのだ。つまり、中学生の今、私はその役割には逆らえないわけで。
早く買って帰らなければ、父の帰宅までに調理が間に合わない。そうなると母の機嫌が頗る悪くなる。いけない。思い出しただけで針の山を歩かされるような気持ちが蘇ってきた。母上マジ怖い逆らえない。

大学からは一人暮らしをしていたため、親の機嫌を損ねるようなこともそうそう起こらなかったのだ。それが余計に恐怖を煽って仕方がない。



(残念だけど…これは持ち越しだな…)



落とし物の届け場所も正確に把握できていない今、確実に無駄な時間を過ごすと解っていて模範的行動を選ぶことはできない。
ごめんよ松子…と勝手に名前を付けた市松人形は教科書だらけの私のバッグの一番上に座らせるように入れてあげた。
端から見れば、バッグから覗く市松人形とは中々面白い図になるのではないだろうか。私としても何となく可愛く思えてきて、松子の頭を一、二度撫でてから再び立ち上がった。

ずしりと腕にかかる重さも可愛い松子の重さだと思えば…多少は軽いような気がする。いや気のせいですけどね、うん。



(とりあえず明日、登校してから職員室に届ければいいかな)



もしかしたら骨董をこよなく愛する生徒だとかが落としたのかもしれないし。特徴的な生徒なら教師に把握されている場合もあるだろう。
そうでなくても、こんな上等そうな市松人形を落としたとなれば本人も焦るだろうし。学校の落とし物預かり場所なんかがあれば、覗きに来ないということもないはずだ。

早く迎えに来てもらえるといいねぇ、なんてバッグの中の松子に語りかけながら、漸く私は校門を潜り抜ける。
向かう先は駅、それから家の近所のスーパーで買い物をしたら、家までダッシュだ。大幅にタイムロスを食らってしまっている。早く帰らなければ。








校門前の人形




息を切らせながらも無事家に帰りつき、頼まれていた材料を差し出せば若い母はにっこりと笑いながら袋から取り出した野菜を手渡してきた。切れってか。

せめて制服を着替えさせてくださいという願いは聞き入れてもらえたけれど、この世界でもやはり私の基礎的環境は変わらないらしい。
大人しくキッチンに入り夕飯の品数を増やす手伝いをして、大概できあがった頃に扉の開く音と久々に聞く帰宅を知らせる声が響いた。



「ただいまー、今日の夕飯は何かなー?」

「……」

「おーうただいま奏ちゃん、転入一日目はどうだった?」



ふんふんとご機嫌な様子でリビングにやって来た父を、思わずガン見してしまった。
おかえり…と一応は返事を返したものの、あまりにもぎこちない。

いや、朝から母を見たし、自分だってそうだから解っていたことではあれど、これは…。



「お父さん…まだまだ若いね…」

「よし奏何が欲しいお父さんちょっと奮発しよう」

「いや別に狙ってないけど」



わっけぇぇぇ…。

そうか中学時代はこんなに若かったのか…と、呆然としてしまいながらも記憶を振り返ってみる。
けれど記憶というものは常に上書きされるものであり、親い人間は特に気付かないまま時を過ごすので、変化に鈍感になってしまうのだ。
大学生だった私の父は、体型こそ変わっていないものの目の前の父よりは皮膚に皺が出てきていたし、声も若干擦れてきていたように思う。

気付かなかったけれど、やはり十年近い壁は厚いのだ。
何とも言えない気分を抱えながら、とりあえずは不思議そうな顔で見下ろしてくる父に何でもないよ、と笑顔を返して食器を並べる作業に戻った。

久々の、一家団欒だ。
時間軸が違えど、変わりない。



(それで、友達はできたのか?)
(まぁそれなりに。有力なのは仲良くなれそうなクラスメイトと、美少女と、可愛くて大きな子かなー…)
(男の子は? 奏、男の子はいないの? イケメンは?)
(お母さん! 奏にはそういう話題を振ったら駄目だって言ってるだろ…!)
(もう、お父さんは堅いんだからー。今時の中学生は彼氏がいてもおかしくないのよ?)
(だから奏にはまだ早いよ。そういうのは男を見極められるようになってから…な? 奏、そうだよな?)
(……おひたし美味しいなー…)

20130415. 



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