はてさて、そんなこんなで不本意な部分もありつつ、一先ず今日一日は中学生に混じりきる決心をした私。
いざ教室へと出向いて考えることは、そのキャラ作りだった。



「先生大変、現役中学生のノリが判りません」

「あーうんとりあえずお前よりは教師に遠慮するし図々しくないな」

「投げ遣りですね!」

「だってお前ぶっちゃけ余裕だろ!」



いやわりと本心でしたけど。

もうそのノリでいいだろお前は、とひらひらと掌を振って返す担任に非難の目を向けてから再びくるりと向き直った教室内は、入室した時よりも確実に視線を集めていた。

そんな目で見られてもコントじゃないんだけどね!
しかし当たり前だけど皆さん若い。中学校だから当たり前だけど。

軽く見回した中に桃色の髪の美少女を見付けて、目が合うと軽く手を振られたから笑顔を返しておく。
それからもう一度教室内を見渡して、息を吸い込んだ。



「あー…新庄中というところから転校してきました、浅縹奏です。無難に好きなものを語っておくと、可愛い女の子と綺麗なお姉さんが大好きです。ダンディーだったりロマンスグレーなおじさまなんかにもかなり弱い自覚がありますね」



あ、イケメンはその次くらいに。

忘れず付け足して自己紹介ってこんなものだったかな、と内心頷く。
そんな私を四方から見つめるクラスメイト達の顔触れはやはりというか、見覚えがなかった。

しかし、所々から興味の目を向けられるのはいくら精神的に年下と言えど擽ったいものがある。



「自己紹介ってこれでいいんですかね?」

「いや、お前、特技とか趣味とか…いやまぁ、どうせ後から分かるだろうが」

「あーじゃあ適当に質問とかある方は挙手を…うお」



どうぞ、と口にする前にパラパラと挙がった手に、思わず仰け反りそうになった。
すごい、最近の中学生って積極的だわ。



「えー…じゃあそこの、二つくくりの」

「三島」

「三島さんどうぞ」



何だかんだ茶々を入れるようにフォローをしてくれる周防先生は優しい。きっと同年代や年下にモテるタイプですね解ります。
そんなことを考えながらひょい、と掌を真ん中辺りの席で手を挙げていた女子に向ければ、はーい、と明るいノリが返された。いい雰囲気である。



「浅縹さんは彼氏いますかー?」

「おおっと豪速球で定番の質問だね! 彼氏は周防先生です」

「ぶっごほっ!!」



おっとこちらも定番の反応きましたー。

噎せながら教卓に肘をついた担任を横目に、一気に盛り上がった室内は中々楽しい空気になった。

いいね、こういう雰囲気は私好きだわ。



「マジでー!」

「職員室で出逢った瞬間に、運命を感じて」

「ひゃははっ! どっちが告ったの!?」

「奥ゆかしい日本女子に告白なんてそんな…」

「周防ティーやるー」

「浅縹! お前こそ豪速球で話進めて広めんのやめろ洒落にならん!!」

「いやぁ楽しくなっちゃって」



中学生のノリをね、掴もうとしたんですよ! まぁ実のところ半分以上自分が楽しんでたけどね!

爆笑している教室内を見れば、わりと掴みはいい感じなのではないだろうか。
ひぃひぃと笑いながらまだ手を挙げている人間がいる辺り、兵揃いでありそうだが。



「えーじゃーそこの男子、呼吸を整えながらどうぞ」

「ぶふっ、ま、松茸だけどっ…趣味は?」

「お見合いか! 普通に、読書と人間観察と音楽関係と身体動かすことと担任弄りです」

「おい最後!!」

「はい次、そこのショートカットがお似合いな女子」

「畑中でーす」



そんな賑やかなやり取りを暫く交わし、いざ指定される席に向かう時には既に慣れ親しんだような空気になってしまったから凄い。
私のコミュ力捨てたもんじゃないな、なんて思うけれど、クラスが持つ雰囲気も最初から悪くなかったのだろう。

未だ慣れないにしろ、運はよかったんだろうなぁ…。
そう考えながら、指定された席に着いて隣の席の女子生徒によろしくね、なんて声を掛けたところで、私の思考は一時固まった。



「栗栖浅香。よろしく」



あ、ら…?

自然色の、焦げ茶色のボブヘアーの少女の面影に、耳から得た情報に動揺は広がる。

いや、だって、ちょっと待ってよ。



(浅香…って)



わけの解らない世界で初めて、家族以外の顔見知りらしき人物を見付けてしまった私の脳内は、こんがらがる。

これは、どういうことだろう。



「? どうかした?」

「あっ、いや、知り合いに似てたからびっくりしちゃった。ごめんね!」



慌てて作った笑顔で謝り、視線を逸らす。



(どういうことなの…)



ヤバい。折角順調に今の環境を受け入れつつあったのに、更なる疑問の投下とか。
痛み始めた頭を抱えながら、ホームルームに入ったクラス内を見渡す。

間違いない。栗栖浅香以外は、初対面の人間しかいない。
過去、私が通ったはずだった中学二年の転校先。その学校はこの世界には存在せず、そうなればそこに通っていた友人達には出逢えないものと、私は思っていたのだけれど。



(そういうわけでも、ない…?)



法則性は、存在するのかすら解らない。けれど、私は栗栖浅香を知っている。
知っているどころか、高校や大学が別でも縁の続いた、大切な親友の一人だ。
彼女と出逢ったのは、転校先でクラスが一緒だったことが切っ掛けだったはずで。

ズレている。なのに微妙に重なる道筋に、私は焦りを落ち着けながら、現状把握のために朝から書き込んでいた手帳を開いた。
そしてそこに、“家族”“親友”という文字を並べて書き込む。

とりあえず、この二つの関係性に含まれる人間達は存在するらしい。



(意味解んない…けど)



もしかしたら、何もかもを悲観する必要はない…?

幼い面影を宿す隣の席の少女を隠れて覗き見ながら、小さな不安が埋まる感覚を、私はその時確かに感じていた。








歪に重なる宇宙の話




運命の出逢いというものは、存在するのかもしれない。



『多世界解釈というものを、知っているかい?』



量子力学における、一つの解釈だよ。

そう教えてくれたのは、心理学を担当する教授だったことを覚えている。
流石に教授ともなると様々な分野を齧り、ものの見方を知っているから、その語りにも人を引き込む力があった。



『今いる世界の自分の他にも、所々で選択肢を違えた別の自分が存在する。その自分達が存在する、無数の宇宙も存在するという考えなんだけどね』



そうなれば違う宇宙では、世界の造りから変わってくるかもしれないねぇ。

そう笑っていた初老の教授は、だけれど、と悪戯な笑みを浮かべて続けたのだ。



『出逢うべくして出逢う人が、存在するかもしれない。それこそ運命と呼ぶべき確率なんだろうね』



それは突拍子もないけれど、素敵だと思える解釈の話だった。

我が身に降り掛かる現状を楽観視はできない。
けれど今の私には僅かな合致でさえ、希望に成り得るほど大切なものだった。

20130216. 



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