幼心の成長記 | ナノ





「ゆあちーん」

「! 紫原く…ん……トトロ?」

「なんか昨日赤ちんから送ってきた。似合う?」

「うん…ふふ、似合う。可愛い」

「ゆあちんのが可愛いけどねー」



おはよう、と、人目のある教室にも関わらずぎゅう、とその胸に抱き込まれる。
今日は私が委員の仕事で朝練には出られなかったので、これが初の顔合わせだ。

最初は恥ずかしかったし目立っていた彼の毎日のクラス訪問や過剰なスキンシップも、数ヵ月も経てば私自身も周囲の方も慣れてくるもので…。
恥ずかしさや居たたまれなさはあるものの、クラスメイトの方がいつものことだと流してくれるので、かなり助かっている。



(それにしても…)



相変わらず、赤司くんは紫原くんの保護者のような立ち位置を楽しんでいるらしい。
頭に着けられたトトロ耳のカチューシャは、彼にはよく似合ってはいるけれど。
わざわざ送り付けてくる辺り、本当に可愛がっているんだなぁ…と、なんだか微笑ましい気持ちになる。

中学時代のバスケ部内の関係は、最終的には悪い方向に変化して終わってしまったけれど。
それでも、繋がっている絆は感じ取れる瞬間があるから、どうしてか私も安心できたりして。



「ゆあちん、トリックオアトリート」



等身大のトトロよりも更に上背のある男子が、どうしてここまで可愛く見えるのかは未だに謎だ。

少しだけセンチメンタルに浸っていたところに無邪気な笑顔で首を傾げられて、つられて私の頬も弛む。
お菓子好きの彼のことだ。何かしら仕掛けてくる予想はしていた。

ちょっと待って、と一声掛けて長い腕の中から解放してもらって、一旦自分の席まで戻る。
当たり前のように教室に入って後ろを着いてくる紫原くんは、やっぱり慣れても目を引くらしい。
席の近いクラスメイトに軽く冷やかすような目を向けられて、少しだけ恥ずかしかった。



「はい、昨日調理場を借りて作ってたの」

「え」

「え?」



机に掛けていた鞄から目的のものを取り出して差し出せば、てっきり喜んで受け取ってくれるものだと思っていた彼の表情が固まる。

まさか、苦手だっただろうか。
でもそんな話は聞いたことがないし、前にも普通に食べてるところを見たことがあったはずで…。



「えっと…ティラミス、嫌いじゃなかったよね…?」



不安になって問い掛ければ、僅かに困ったような顔をした紫原くんはうん、と首を縦に振る。
その手がそわそわと、こちらに伸ばしたそうに中途半端に上がっているところを見ると、確かに食べたくないわけではなさそうだ。

なら、どうして?
お菓子がないと生きていけないんじゃないかと思うほどのレベルで、お菓子依存症の彼が受け取らない理由は何だろう。
不思議に思って私が首を捻ると、紫原くんの方は苦悩するように唸り声を上げ始めた。



「あー…うー…んー……手作りとか…ううー…」

「え…っと、既製品の方がよかった…?」

「違うし! そーじゃなくて、手作りだと欲しいから…」

「え?」

「…でも貰ったら、イタズラできない……」

「えっ?」



うーん、と真剣に頭を抱える彼から飛び出した言葉に、軽く衝撃を受けた。
もしかして、お菓子が既製品だったなら受け取らずにイタズラするつもりだったのだろうか。

彼の語るイタズラが何なのかは知らないけれどなんとなく羞恥心を煽られて、顔にじわじわと熱が集まるのが分かる。
だって、紛いもなく彼と私はお付き合い中の仲なわけで。
そんな関係におけるイタズラ宣言なんて、イチャつきますと言われているようなものだと思う。

周囲からの視線に生暖かいものを感じて、軽く見回してみるとニヤニヤと笑っていたり何故か微笑んでいるクラスメイトがいて、僅かに身体が強張りそうになった。

また目立ってるし…!



「あ、あの紫原くんっ、とりあえずこれあげるから…ほら、ホームルーム始まっちゃう。教室に戻らないと…!」

「えー、でもイタズラ…」

「う、あ…ぶ、部活後に聞くから…っ」

「ほんと?」

「本当!」

「じゃあ部活後、約束ね」



イタズラ楽しみにしとくねー、と無邪気な笑顔で最後に問題発言をくれた紫原くんは、無意識だから質が悪いというのはもうよく知っていたことだけれど…。

上機嫌で彼が去っていった後、生暖かさの増した教室内で私はふらりと机に突っ伏したのだった。

これは、確実に明日はイタズラの内容を根掘り葉掘り探られるに違いない…と。






Trick but Treat




朝から味わった羞恥心はなんとか頭の隅に追いやって、昼休み。

美化委員の仕事である校内の植木鉢の水やりの合間、当番中よくお世話になっている先輩に、余分に作ってあったティラミスをお裾分けすると、少しだけ驚きながらも笑顔で受け取ってもらえた。



「ありがとう。ゆあちゃんマメだねー」

「いや、そんなしょっちゅう頑張ってるわけじゃないので…」

「充分だと思うよ? でも、ハロウィーンか。ティラミスとは意味深な…彼氏のおこぼれかな」

「えっ?」



やんわりとした笑みを浮かべて長い髪を揺らす先輩に、言葉の意味を測りかねて瞬きを繰り返すと、あれ?、と同じように瞬きを返される。



「狙ってたわけじゃないのかな」

「え、と…何がですか?」

「うんと…ティラミスの語源が、『私を引っ張り上げて』、『天国へつれてって』、あとは…『気持ちよくして』? とかだったかな。まぁ色々訳し方はあるんだけど…男性自身を持ち上げるって意味でも精力増きょ…ゆあちゃん、水溢れてる」

「はっ!? あ、わぁっ…」



気づけばだらだらと溢れかえっていた鉢の水に混乱したまま立ち往生していると、直ぐ様動いてくれた先輩が手早く雑巾で拭ってくれる。



「ご、ごめんなさい…っ」

「いや、こっちこそごめんね。そんな動揺させるつもりじゃなかったんだけど」

「い、いえ…その、さっきの本当…ですか?」

「ググる?」

「いや…って、いうか…どうしよう。そんなつもりなかったんですけど…」



何それ。初耳だ。

バクバクと速まりはじめた心臓を押さえながら、滲みそうになる涙を堪える。

恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
知らなかったとはいえ、そんな意味があるお菓子を、よりにもよって彼にあげてしまったなんて…。



「ええと…彼氏くんはそういうの、気づくタイプなのかな」

「い、いえ…そっか、知られなきゃ…うん。気づかないタイプです!」

「じゃあ、周囲に賢いお節介人間がいない限り誤解は免れるんじゃない?」

「あ…れ…?…一気にアウトな気がしてきた…」



賢くてお節介な人間。
赤司くんとか、赤司くんとか、赤司くんとか…もし紫原くんが報告していたとしたら、要らない知識を受け渡してしまうんじゃ…。
氷室先輩辺りもそういう雑学に詳しそう…というのは偏見だろうか。

どうしよう。
イタズラ宣言に上乗せして、ピンチな気がする。



「せ、先輩、私どうしたら…」



未だにその、彼との仲を深める一線を踏み越える勇気が足りない私に、この試練は厳しすぎる…。

あらら、と頬をかく先輩に半泣きになりながら縋ると、軽く視線を上に投げた先輩は最終手段、と呟いた。



「ゆあちゃんの方からTrickと見せかけて両手を縛る、とか」

「ハード過ぎます…先輩」



しかも、紫原くんなら引き千切れそうだし。

全く解決策にならないどころか状況が悪化しそうな解答に、私はがくりと肩を落としたのだった。



(ゆあちーん、部活終わった)
(ひぃ!)
(…ゆあちん? オレ、何かした…?)
(え、あ、ちっ違っ…何でもないよ…っ?)
(…なんか距離遠いし)
(そんなことは…)
(……ゆあちん、もしかしてイタズラ嫌…? だったらオレ、我慢するから…逃げんのやめてほしい…)
(! ご、ごめんね! 違うの、ちょっと色々考えすぎただけで…っその…イタズラの内容が、気になったりとか…)
(内容? ゆあちんから抱きついてちゅーしてもらおうかなって思って‥)
(ごめんなさい私が馬鹿でした…! 紫原くんは紫原くんだよね…っ!)
(? よく解んないけど…ゆあちん嫌じゃない?)
(嫌じゃないっ! 頑張る、その範囲なら…!)
(やったー…あ、あとね、ティラミス美味しかった。ありがとね、ゆあちん)
(うん…! でも赤司くんとか氷室先輩とか…ううん、誰にも報告しないでほしいな…)
(うんー? うん、解ったー)
(うう……ごめんね紫原くん。大好きだからね)
(っ、うん、オレもゆあちん大好き…!)
20121031. 

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