「まだ寒いねー」
「ね。風邪引かないように気を付けないと」
春の季節、四月ともなればさすがに雪は残っていないけれど、首都圏と比べれば少し肌寒いような気がする。
気を抜かずに体調は管理しないと、なんて決意する私の隣。ゆったり歩みを進める彼の方は、既にそんな思考からは遠ざかっているんだろう。眠たげな雰囲気の瞳をふにゃりと細めて、嬉しくて仕方がないと言わんばかりに相好を崩していた。
「高校かー…面倒だと思ってたけど、ゆあちんいるとそんな気も起こらないよねー」
「そうだね…これですぐ別れちゃったりしたら、笑い話だけど」
「だから何でゆあちんはそーゆーこと言うの」
水を差されて一瞬で不満顔になり見下ろしてくる紫原くんは、それでも歩調を合わせたままでいてくれるんだから本当に私に優しいというか、甘いというか。
そんなところが大好きだと思いつつ、にっこり笑顔を返した。
「ごめんね。テンション上がってるの」
「テンション上がるのは別にいいけど、オレ苛めるのはやめてよー」
「うーん」
首を傾げて無理かなぁ、という意思を示す。ちょっとだけ頬を引き攣らせる彼の表情まで、私の胸を騒がせるのが問題なのだけれど。
「紫原くんが反応してくれるの、嬉しいんだもん」
「っ……絆されないからね!」
「はーい」
そう言いながら既にちょっと頬が赤い気がするのは、突っ込んであげないことにして。
よい子のお手本のように手を挙げて返事をすれば、紫原くんはまた不機嫌な顔を作る。
それも五秒も保ててないんだけど…。
ゆるゆると唇が弛んでいく様はどうしても可愛く思えてしまうから、ついちょっかいをかけたくなってしまうのだ。
今になって少しだけ、昔の彼の感覚が解るような気がしている。
(やり過ぎ注意、だけど)
傷付けたいわけじゃないと、お互いに分かる程度の戯れ合いは楽しい。
心臓そのものがぷかぷかと浮き上がるような感覚の胸を、そっと片手で押さえた。
首を反らして見上げれば、真上から見下ろしてくる彼の瞳は温もりに溢れている。落ちてくる声も、甘さを含んだ柔らかなものだ。
私が手に入れた、大切なもの。
「三年間、よろしく。今度は仲良くしてね」
「三年間に留まらず、ちゃんと仲良くするつもりですしー」
「虫とかうざいとか言わないでね」
「…言わねーし今になって黒歴史掘り返さないでよ」
ゆあちんの意地悪。
ぶすっと頬を膨らませる彼に、紫原くんには負けるよ、と軽いからかいを飛ばしながら、前方に見える門に向かって足を進める。
これからの日常の待つ、新しい地へ。
しっかりと繋がれた手が、今は二人の間で揺れていた。
はじまる* Happy End *
20141123.
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