幼心の成長記 | ナノ




ずっと焦らして不安を煽ってきた自覚はあるけれど、さすがにやり過ぎたかもしれない…なんて、私も後悔し始めていた。



「紫原くーん…」



そろそろ昼休み終わっちゃうよ?、と声をかけても、答えが返ってこない。
床に座って背後から抱き締められて身動きがとれない私は、肩に埋まった彼の頭をつんつんと突いてやるくらいの小さな抵抗しかできなかった。

人気のない空き教室は空気が冷たい。制服越しでも、くっついた部分から伝わる人の熱は気持ちがいいし、誰かに見られているわけでもないから、これくらいの接触は気にならないけれど。
恥ずかしかったはずのスキンシップに、妙に慣れ始めた感じがあるなぁ…と窓の外の曇った冬空を見上げながら、つい現実逃避に走ってしまう。

それというのも、紫原くんの触れ方に全くと言っていいほどいやらしさが付き纏わないから、という前提があるからだろうが。
抱き締められてドキドキすることはあっても、不埒な真似はされないし、つい安心してそのまま収まってしまう。
逃げ出す気になれない拘束に、私もすっかり馴染んでしまった。



(でも、やっぱり苛めすぎたかな…)



頭から下って、ぎゅう、としがみつくように腹部に回されている腕を叩いてみながら反省する。
子供が甘えるような態度を取りながら、紫原くんが必死で距離を埋めようとしていることに、気付かないほど鈍くはなかった。
というか、私自身が煽るような真似をしてしまったことはよくよく理解している。

色々と返答を先伸ばしにして誤魔化して、彼の表情を曇らせてきたけれど…中でも一番悪かったのは、つい最近のことだ。
ぎくしゃくとまではいかなくても、触れてはいけない話題であるかのように今後についての話をしないでいる内に、私の受験日が来てしまった。
タイミングを逃したことをまずいな、と思いつつも、当日の朝にメールだけの報告に留めてしまったのが悪かったのだ。
次に登校した日、教室に入った直後に人目も憚らない様子で思いきり抱き付かれた。



(まぁ、元から憚るタイプでもないんだけど…)



とりあえず、クラスメイトが何かあっても笑いながら流してくれる性格の人達ばかりなことには、改めて助けられたし感謝してもし足りないくらいだ。
べったりと貼り付く紫原くんは時間が許す限り片時も離れようとしなくて、困らせられた。さすがにあれを話題に出されるととても恥ずかしい。

そんな風に周囲の目を気にしながらも、勿論私にも罪悪感はあったのだけれど。
いくら受験に気を取られていたとはいえ、無報告で現地に向かったのはよくない。紫原くんが普段以上に余裕をなくしてしまっても仕方がないことだと、きちんと解っている。
何も知らせずにいて、彼の不安に拍車をかけてしまった。少しくらい振り回してしまうかな…とは最初から想定していたことだけれど、ここまで来てしまうとちょっとした苛めにしかならない。
大事にしたいはずの人なのに、尽くうまくいかないのだ。



「紫原くん、午後の授業遅れちゃうから」

「…どーせ出ても意味ないじゃん」

「いや、内申に関わるよ…」



確かに自習も増えたし、ノルマをこなせば他教科の復習を行っても許されるようにはなってきたけれど。だからといって授業をサボっていいかというと、それは違うと思う。
決して紫原くんを蔑ろにしたいわけではないが、甘えていい部分と悪い部分はあるのだ。



「同じでしょー…ゆあちんが落ちてるわけないし」



ぐりぐりと頭に顔を押し付けてくる彼は、幼児返りでもしているのか。
離れたくない、ここにいて、と言葉で訴えられるより感情をダイレクトに受け取れてしまうから困る。これじゃあ、私が意志を砕かれて絆されてしまうじゃない。
落ちているわけがない、との紫原くんの言葉には、否定も肯定も返しはしないけれど。少なくとも自分の持てる力をぶつけきってきたつもりなので、結果はどうあれ今は落ち着いている。

あとは通知を待つだけ…と一人で臨んできた試験を振り返りながら、そういえば今になっても紫原くんの口から私の志望校が何処なのかは訊ねられないことに気が付いた。
きっと何処へ進んだところで、一緒に通えないないなら同じことだとでも思っているのだ。解りやすい彼に困るやら可愛いやらで、自然と苦笑が漏れてしまう。どうしようもない人だ。

どうしようもなく、私のことが好きな人だ。



「紫原くん」



離して、と言ったら見た目よりずっと繊細な彼の心は、傷付いてしまう。
だから少しだけ重心を後ろに傾けながら、照れを堪えてできるだけ優しい声で甘えてみせた。



「私も、抱き締めたいな」



後ろから抱き締められるだけじゃなくて。
私からも手を伸ばしていると、ちゃんと教えてあげないとあなたはすぐに弱気になってしまうから。

期待通りに弛んだ腕の中で身体を捻って、しょぼくれたままの顔に笑いかける。
まだ、もう少しの間だけ不安にさせてしまうことを心の中でだけ謝りながら。

もうすぐだから我慢してね、という気持ちを込めて、腕を回した大きな背中を撫で擦った。






なだめる




何かと経過を気にしてくれる、部活仲間である同級生の男子と向き合った時のこと。
秘められた森の奥に生きる湖畔のように、静かな瞳をした彼は私へと訊ねた。

もし離れてしまったとしても平気か、と。



「大丈夫とか大丈夫じゃないとか、そんなことじゃない」



茶化す雰囲気のない真剣な問い掛けに逃げるべきところではないと悟って、目蓋を下ろして心の内を確かめた。
先の見えない闇の中に浮かぶ答えは、今ではもう、一つしかなかった。



「私が、離れたくない。傍にいたいんです」

20141123. 

prev / next

[back]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -