幼心の成長記 | ナノ




刻一刻と、時間は過ぎる。それにつれて、二人で過ごせる余裕も削られていく。
だからと言ってぞんざいに扱われるわけでもない。空いた時間や傍にいられる時はお互い今まで通りに接しているし、優しい言葉を掛け合うことだってできた。

喋るどころか顔を合わせることもできなかった時期に比べれば、遙かに恵まれている。大した辛さも問題もない。一時は流れた不仲を疑うような噂も、特に態度を変えずに否定し続けていれば、その内に周囲の頭の中からは消えていったようだった。
それでも、オレの中にはそれなりの衝撃と傷を残していったのは変わらないけれど。事実じゃないから、思い出したって気を紛らわす手段はいくらでもあった。



(幸せ)



幸せだ。大好きな子といられて、そう感じないわけがない。
そのはずなのに、不意に、今にも掴んでいるものが手の中からすり抜けていきそうな不安に付きまとわれて、震えそうになる時がある。
手放す気なんて欠片もないのに、絶対にそんな真似はしないと決めているのに、本当に大丈夫なのかと。背後から囁きかけてくるのは、自業自得でも折られ続けた心から育ってしまった弱気だった。



「すっかり冬だね」



煌びやかなイルミネーションが目立ち始めた街並みを横目に、隣を歩くゆあちんは白い息を吐き出す。
十二月に入って冷えてきた空気を避けるように、白く細い首元は濃い赤を基調としたチェックのマフラーの下に隠されてしまっていた。

暗くなった道を二人で歩いて帰ることには、まだ慣れきれていない。
握っている指は熱を分け合って温まっているのに、急に消えてしまってもおかしくないような気がして安心できない。



「やっぱり、特別だよね」

「何が?」

「クリスマス…付き合って初めての、大きな行事なのになぁって」



残念そうに溜息を吐くゆあちんは本心から言っているんだろう。カラフルに点滅する光を眺める目には、羨む気持ちが浮き上がって見えた。
少しでもオレと過ごすことを大事に思ってくれていることが分かって、胸が温もった。おかげで、吸い込む空気の量を増やすことができる。



「でも、今月は特に余裕がないし…ちゃんと会えるかも怪しいから、残念」

「まー…それは仕方ないよね」

「うん。ごめんね、私の方の都合が悪いのに愚痴溢しちゃった」



紫原くんの方が振り回されてるのにね、と楽しげに笑ってくれるけど、本当だよ。
他人が浮かれ上がるような行事なんて興味は薄い方だけど、こればっかりは話が別だし、それ以外のことだってオレはいつもゆあちんに振り回されていると思う。
それが嫌なわけじゃないし、寧ろなくなってしまったら立ち直れないとも思うけど。
でも、できることならもっと柔らかな気持ちで居続けたい。せっかく大好きな子が隣にいるのに、不安なんかに気を取られていたくないのも本当だ。



「来年は満喫できたらいいんだけど…高校では冬の大会もあるんだっけ」



大会に出場しちゃうと、やっぱりそんな暇ないかもね。
そんな言葉一つで、また大きく胸の中を削られて息ができないような気持ちになる。秘かに唇を噛んでいるオレを、ゆあちんは知らない。気付いていない。

別に、他の恋人達が盛り上がる期間だから自分達も、なんて思うわけでもない。
クリスマスが特別大事だと思うわけでもない。プレゼントやお菓子は貰えたら嬉しいけど、それだけだ。
ただ、ゆあちんが傍にいるから、特別なんだ。そんなの、時間を掛けて素直な気持ちを認めて枯れるほど泣いた日には、とっくに気付いていたであろうことだ。
オレだけなら特に大事にしない何とも思っていない日でも、ゆあちんと大切に過ごせる日なら機会がないことを惜しいと思う。喜びとか感動とか、そういうものは全てゆあちんと一緒に、傍にいて感じたいもので。

我ながら気持ち悪いくらい、嵌り込んでいて抜け出せないから。だからこそ這い寄る影に怯えを消すこともできない。



(もし)



もし、この先何もかも離れてしまったら…なんて、最悪の展開を考えずにいられない。
オレの感性は既にゆあちんに直結しているようなものなのに、傍に寄れなかった時間が長過ぎて。失う未来の方がよりハッキリと、オレの頭では想像できるようになってしまっていた。



「クリスマスとかもいいけど…ゆあちんがいてくれる時は、全部大事だよ」

「…紫原くん」

「全部、ゆあちんが一緒じゃないと意味ないし」



ぎしぎしと悲鳴を上げている心臓を、無視するのも限界にきていた。
精一杯、考えないようにしても駄目だった。考えないということは、その時点でもう考えているのと同じことだ。
お互い遠い学校に通う内に、気持ちが離れてしまったらどうしよう。違和感を感じてもすぐに駆けつけられないし、必要な時に傍にいたくてもいられない。オレよりもずっとゆあちんに優しい奴が現れて、今度こそかっ攫われてしまうかもしれない。それでも手も足も出ない場所に行くなんて、自分で決めたこととはいえ、改めて地獄だ。この先の不穏な影を想像するのが容易すぎて、震えが走る。

眉を下げながら見上げてくる、くるりとした甘ったるい色の瞳は、冬の夜の空の下では青っぽい色味を増すことを知る。祭りの夜に似たような色をしていたことを思い出したけど、今はどうしてかその時よりも冷たい色のようにオレの目に映った。



「ゆあちん」

「なぁに?」

「でも、ゆあちんから欲しいプレゼントは…ある」

「…私にあげられるものなら聞くよ。遅れちゃってもいいなら、だけど」

「ゆあちん」



ゆるりと首を傾げて足を止めてくれるゆあちんは、優しい。何度もその優しさを踏みにじってきて、それ以上に利用してきた自覚もある。飲み下せなくなった罪悪感は、今にも身体から溢れ出てしまいそうなほどだ。



(それでも)



それでも…我儘を、聞いて。許してほしい。
これが最後でいいから、なんて台詞も言えたらよかったけど、自分の性格はよく知ってるからそんな縋り方もできない。気を付けていてもつい、甘えが出てしまう時は来る。
今まで何度だって、ゆあちんはそんなオレの我儘を聞いて、許してきてくれた。
だからもう、残り何回許してもらえるのか分からない。もう無理かもしれない。困らせてばかりいる方が終わりを近付けるかもしれない。それは理解していても、堪えきれないものは堪えきれなかった。

でも、オレだって、ちょっとは頑張ったんだよ。



「自分で考えたけど」



泣きたくなる気持ちを何十回も堪えて、悩んだ。出ている答えを本当に選んでいいのか、ゆあちんが望んでいることは理解していても、自問自答を繰り返した。
それで漸く心を決めたのに、オレの答えを聞いたゆあちんはまるで何も気にしていない様子だったから、また揺らいだ。

オレと離れても平気でいられるの?
オレはおかしくなっちゃいそうなくらい、絶対不安になるよ。今だって不安で堪らない。足下の地面が崩れ落ちてもおかしくないくらいなのに。
そんなオレがいるのに、平気でいてほしくない。



「すげー迷って、怖くて、それでやっと決めたんだよ。でも……やっぱ、ちゃんと考えても、嫌だ」



反らされた首が少しだけマフラーの隙間から覗く。寒そうなそれを空いた手で隠して整えてあげても、ゆあちんは目を細めるだけで口を開かない。
オレの中に溜まっているものが全て吐き出されるまで、待つつもりのようだった。



「離れてかないでって、思うよ。目が届かないとこに行かないでほしいって…誰にも、とられたくないから。ずっと、傍にいるのはオレだけがいいから、ずっと…一緒にいたい」



動かず、何も言わず、じっと見つめ上げてくるこの目が、誰か違う人間に向けられる日なんか来たら、オレは多分耐えきれない。

情けないくらい声が掠れて、自分の顔が歪んでいくのが判った。
ぐしゃぐしゃになっていく表情を隠したくて、屈めた頭を小さな肩に埋めて、頭にも擦り付ける。
鼻先に頬に触れた柔らかな髪は、仄かに甘い香りがするのに冷たかった。それがまた何だか拒絶されているみたいに感じて、胸が余計に痛んだ。



「オレ以外、好きになんないでほしいし…」



お願い。お願いだから、頷いて。
解ってる。我儘だって。口にしてもいい範囲を越えた願いだってことは、オレにだって解ってる。
でも、どれだけ我慢して抑え込もうとしても、無理だったんだよ。



(仕方ないじゃん)



こんなの、どうしようもない。だって、ずっと馬鹿みたいに、オレはゆあちんのことばかり考えてきた。
それだけ、



「好きなんだよ……」



死にたくなったりするくらい、好きなんだよ。
とんでもない我儘だけど、解っているけど、許してほしくて。



「私も、好きよ」



だけど、返ってきたのは当たり障りのない、望んだものとは違う答えで。
嬉しいはずの言葉が胸を切り付けてきて、ぼろりと溢れ落ちた雫が冷たい髪を更に冷たくさせた。

その気持ちは、こんなに痛い言葉になるものじゃ、なかったはずなのに。






誤魔化す




とりあえずのような台詞は、明らかにその場凌ぎにオレを宥めるためだけに吐き出されたものだった。
それ以上踏み入ることが恐ろしく、露骨に隔心を暴くこともできなくなって一月。

朝から届いた一通のメールとホームルームが近付いても埋まらない隣の席によって、あの子の出した答えを知った。

20141122. 

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