幼心の成長記 | ナノ





「喧嘩でもしたの?」



窓の外はすっかり日が落ちる時刻、補習を終えて筆記具を片付けていると前の席に来ていた友人が身体ごとぐるりとこちらを振り向いた。



「……え?」

「紫原と! 何かちょっとよそよそしかったじゃん。今日も一緒にいないし」



ゆあがいるならいる意味なくても居残りそうな奴なのに。

そう続けられて、一体何の話だろうと、つい止めてしまっていた手を再稼働させながら苦笑する。
そんなにいつもべったりだと思われてるのかな…。



(いや…べったりか)



そりゃあ、いつもの紫原くんを知っていれば違和感を感じるのも当たり前かもしれない。
想いを打ち明けられてからこれまでというもの、事あるごとに言葉でも態度でも彼は傍にいたいのだと示してくれていた。それが急に距離を置きだしたのだ。不審に思われても仕方がない。

特に、私達は不本意ながらクラス中にも迷惑を掛け、紆余曲折を経て今の形に収まっている。
そうなれば経過を気にされるのも当然だ。心配されてるんだろうな…と、納得して、真剣な目で覗き込んでくる友人に今度は申し訳ない気持ちが込み上げた。



「喧嘩はしてないよ」

「喧嘩は…ってことは、何か他のこと?」

「うーん…」



別に、そんなに大きな問題があるとかではないのだけれど。人間なら誰しもぶち当たる壁の前に、今いるというだけの話で。
答えを求める視線を受けても、うまく説明できる気がしなくて唸ってしまう。

本当に、私は悩んでいるわけでもないんだけど…。



「強いて言えば…ちょっとだけ意見が食い違ってる…のかなぁ?」

「…それ、喧嘩じゃないの」

「違うってば」



念を押されてしまって、つい噴き出してしまった。

それとも喧嘩した方がいいの?、と訊ねてみれば、心底嫌そうな顔付きで否定される。
大事な時期なのに教室を凍らせるようなことしないでよ、と渋面になる彼女に、私は笑ったまま頷いた。



「そう…大事な時期、なんだよね」



赤の入ったプリントの総合点を確かめてから、畳んでファイルに仕舞いこむ。間違った部分は帰ってからもう一度見直し、復習した方がいいだろう。
曜日でスケジュールを組んで課題以外の勉強を進めるのにも慣れ始めた。今日はこの数学のプリントの数問と、英語を進める日だ。
段取りを確認する私の頭の中に、彼の影はあっても、思考は逸れない。



「べったり張り付いていられる時期じゃないの…今は」

「ゆあ…あんたさぁ」



机の上から、中から、必要分だけ鞄に入れ換えて帰宅準備は完了だ。
ふう、と一息吐いて、立ち上がる前に固まりかけていた身体を解す私を、机に両腕と顎を乗せた友人が胡乱げな目付きで見上げてきた。



「紫原と、ちゃんと話してんの?」



何のこと?、なんて、惚ける必要もない。
質問自体が曖昧なんだから、明確な答えを返す必要はない。



「話せることは話してるよ」



それだけ答えて、席を立つ。ずるいやり方だと承知していて、敢えて自分が口にするのに優しい答えを選んだ。
やっぱり私は紫原くんのことになると、性格の悪さが露呈してしまうようだ。

気を付けないと。でも、そんな私でも、紫原くんは好きでいてくれるんだろうな…。
そんなことを考えて、つい心も頬も弛んでしまうから困りもの。大好きだから、大好き過ぎて、張り詰めなければいけないところまでゆるゆる解けていってしまう。
しっかりしないと、そんな風に蕩けている場合じゃない。



「ゆあー」

「なに?」

「あんた、実はすっごい彼氏泣かせだよね」



頭が痛い、と言いたげに額を押さえる友人も、先に片付けていたらしい荷物を手に立ち上がる。
自然と横に立たれると肩が並んで、ああやっぱり紫原くんは大きいなぁ、と自然と比較してしまった。

私の中はもう、いつだって彼で一杯だ。
考えないように意識しないと、考えてしまうくらいに。



「紫原くんなら、泣いてても可愛いでしょ?」

「…まさかのドエス」

「冗談だよ」

「全然本気に聞こえましたけど」



頬を引き攣らせる友人に、さすがに本当に冗談なんだけどな…と思いつつ。泣き顔まで愛しいと思ってしまうのも嘘ではないから、強くは言えない。



「でも、笑ってくれた方が私も嬉しいよ」



これは、本当に本当。
紫原くんが笑顔だったり、喜んでくれたりすると、私の肺が破裂しそうになるくらい、ふわふわとした大きな空気で満たされる。
苦しくて、嬉しくて、たまに涙まで滲んだりする。
幸せだと、感じるから。






種を蒔く




だから、私もね、私なりにちゃんと、考えているんだよ。

心配を顔に出す友人にはしっかりと笑顔を向けて、伝える。
少なくとも、大切に想っている人を底のない絶望に突き落とすような真似をするつもりは、ないことを。



「まぁ…ゆあ達のことだしね」



二人で解決するしかないか、と肩を竦めながらも私の意思を認めてくれた友人は、それでも何かあったら相談には乗るよ、と付け足してくれた。

恥ずかしい目にも遭ってきたし、未だに擽ったい思いもするけれど。
何だかんだ、嬉しくも感じてしまうのだ。大事な関係を大事なものとして、見守ってもらえるということは。

20141114. 

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