幼心の成長記 | ナノ





「あれー紫っち、面談?」



たった今まで担任と向き合っていたばかりの空き教室から出てすぐに、馴染みのある顔に声を掛けられて立ち止まった。



「黄瀬ちんじゃーん。何してんの」

「オレんとこも面談。で、自習中だからちょっと外の空気吸おうかと」

「それ歩き回っちゃ駄目なんじゃないの」

「カタイこと言いっこなしっスよ! どーせ勉強しなくても、オレらは進学先選べるんだし」



進む方向とは逆側の廊下から近付いてきた元チームメイトと、ちゃんと顔を合わせたのはどれくらいぶりだろう。
一応考えてみようとして、そしてすぐに思考を投げ出した。

全中では当然同じコートに立ちはしていた。けど、その前も後も、お互いに放課後の時間はまともに部活に通っていない。
どうせ思い返してみたところで、どうでもいい記憶なんて頭に残していないだろう。馬鹿らしくなって、一つ息を吐くのと一緒に目の前に意識を戻した。



「できなくていいって言えるほど余裕でもなさそうだけどねー」



黄瀬ちんとか峰ちんとかは、とからかう口調で言ってやれば、それまでへらへらと笑っていた黄瀬ちんの顔が若干苦いものを口に入れた時のように歪んだ。



「むっ…そ、それをカバーできる器用さがオレの売りだから大丈夫っスよ」

「ふーん、そうなんだー」

「っていうか…オレ紫っちの所為でフラレたんスからね! 更にイジメんのやめてくださいっス!」

「はぁ?」



フラレた…?
ぎゃんぎゃんと喚く黄瀬ちんに頭の悪い犬の姿を重ねながら適当に返していると、妙な言葉が飛び出してきて反応してしまう。
フラレたって、何にだ。

まず最初に頭に浮かんでくるのは色恋沙汰だけど、あまりピンと来ない。
黄瀬ちんの好きな女の子がオレのことを好きだったとしても、身に覚えは全くないし。オレには一番可愛くて大事な彼女がいるから、米一粒分たりと興味もないわけで。
逆恨み…?、と首を傾げていれば、珍しくきっ、と眉を吊り上げた黄瀬ちんが人差し指をこちらに向けてきた。



「花守っちっスよ、花守っち! せっかくだから同じ高校行かないかって誘ったのに、フラレたの!」

「…はぁっ!? 何勝手に人の彼女誘ってんの。黄瀬ちん死にたいの?」



そして、飛び出した回答に今度目を剥いたのはオレだった。
思わず、授業中であることも忘れて声を上げてしまったし、動いた右手がその胸ぐらを掴んだ。けれど、これは仕方がないところもあると思う。

だって、何考えてんのコイツ! 信じらんない…オレと付き合ってること知っててゆあちん誑かそうとするとかありえない…!!

ここまで漕ぎ着けるまでのオレの苦労も知らないで…そりゃあオレの自業自得な部分もかなりあるけど、寧ろそれが大半だったけど。それでも、簡単に横取りしようとしたという事実は許せない。

一瞬にして湧いた怒りに自分の顔が冷たくなっていくのを感じていると、引きずりあげられそうな体勢になった黄瀬ちんはブンブンと手を振って抗議してきた。



「ちょっと紫っち、いつもより更に物騒っ!! ってゆーか別にちょっと誘ってみるくらいオレの自由でしょ!」



心が狭い!、と訴えられて仕方なしに胸ぐらから手は離してやったけど、ぶすぶすと燻った腹の中はどうしようもない。
自分でもジットリしていると判る視線で睨みつけてみても、黄瀬ちんは悪びれずに肩を竦めただけだった。許されるならマジで殴りたい。



「知らねーし。心とか、あの子相手にずっと広くいる方が無理だし」

「うーわ…束縛系は嫌われるっスよ」

「うるせーし。フラレた黄瀬ちんには関係ねーじゃん」

「あっ、そーゆーこと言う!? 言っとくけどわりとマジで傷付いたんスからね!」



花守っちがいてくれたら癒されると思ったのに、なんて贅沢なことを口にしてごねる黄瀬ちんが憎たらしい。ただの友達のくせに図々しいんだよ、って殴ってやれればいいのに。

でも、それと同時に少しだけ安心する気持ちが胸を満たすのも感じた。



(ゆあちん…断ったんだ)



よかった、と。自然と安堵の息が漏れていた。

だって、黄瀬ちんの誘いを断るのは当たり前のことでもない。もしかしたら偶然、志望校が重なることだってあるかもしれないのだ。
意図的でなくても、他の男…仲が悪くない奴と一緒の学校には通ってほしくなかったから、意地が悪いと知りつつも嬉しい。

しかも、オレの所為って、言ったよね。
黄瀬ちんの言葉を思い出して、どくんと胸が高鳴った。
それはもしかして、期待していいということだろうか。



「黄瀬ちん…」

「何スか」

「それってさぁ、ゆあちん…オレと一緒に来てくれんのかなー」

「は?」



世の女子の間でウケているモデルとは思えないほど、ぶすくれた表情をしていた黄瀬ちんに話し掛けると、その顔は一変。ぽかんと口を開けて驚かれた。
正直に言うと少しは予測できた反応だけど、何となく居心地が悪くなる。

弱音の一歩手前を吐きだすみたいで、いい気はしない。プライドも軽く抉れた。
けど、形振り構って余裕こいていられるオレでもないから、これももう仕方がないことと割り切る。

こんなこと吐き出せる人間、そんなにいないし。
今になっても相談なんかしていたら隙を突きに来そうな気がするから、赤ちんなんて以ての外だ。



「え? そーゆー話はしてないんスか?」

「まぁねー」

「え…ええー? オレ、てっきり…黄瀬くんと一緒には行かない、って言われたから…」



紫っちと行くのかと思ってたんスけど。

呆然と呟かれた黄瀬ちんの言葉から判断を下すには、情報が少なすぎた。
それじゃあ、ただ単に同じ高校を目指していないことを告げたのか、オレと一緒にいるために拒んだのかまでは把握できない。

黄瀬ちんの想像通りであれば、オレにとってそれ以上に嬉しいことはないんだけど。
そんなに都合よく、いくもんかな。



「まさか…紫っち自信ないんスか?」

「…自信って?」



少し浮き上がっていた気持ちはまた下がっていって、鎮まってしまう。
他人の口から確認しようとするなんて、オレも卑怯だよね。

でも、やっぱり怖いじゃん。



「花守っちに、一緒にいたいって思われてる自信っスよ。ないの?」



三年は短くない。ずっと一緒にオレはいたくても、相手がどんな気持ちでこの先に進むのかまでは分からない。訊ねてみない限りは、知れない。

珍しく、ゆあちんの名前を口にしながら気遣わしげに訊いてくる黄瀬ちんから、逃げるように目を逸らした。
自信とか、そういう問題なのかとも思うんだけど。



「わかんない」



どんな距離がオレに、オレ達にとって最適かなんて、未来が見えないのに分かるわけないでしょ。






悩ましく




同じくらいの気持ちで、想い合っている自信ならあるよ。
でも、同じ形であるかなんて、確かめる術はそうそうないよ。

20140927. 

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