幼心の成長記 | ナノ




季節はゆっくりと流れていくようなのに、いつの間にか暦の数は増えに増え、二桁になっている。
冬服への衣替えも済ませた十月、部活動の引き継ぎもほぼ終えてしまって、放課後も時間が空くことが増えた。

とはいえ、受験生という立場で遊び呆けてもいられない。できた暇は殆どを学習時間に回しつつある今、将来についてはっきりとしたビジョンが見えているわけではない。
それでも、欠かすべきではないものから目を逸らすことだけは、できない。









「花守」



受験対策の補講を受けていた放課後、教師の頼みで纏め上げたプリント類を運んでいる最中に掛けられた声に振り向けば、少し距離を開けて後ろを歩いていたらしい赤司くんと目が合う。



「職員室に向かうのか」

「あ、はい。赤司くんは…」

「僕も少し先生に用事があってね」



急ぐ様子もなく自然と隣に並んでこられて、僅かに緊張が走る。いつまで経っても、ぴしりとした彼を覆う空気には慣れられそうもない。
いつもが緩い空気に触れすぎているだけかもしれないけれど。

少し持とうか、と腕の中から半分より少し多い量のプリントを掬い上げられて、その気遣いや立ち振舞いには流石だと思わざるを得なかった。
多くの女子が紳士的だと憧れるだけはある。確かに、こんなにスマートに手助けできる男子はあまりいない気がする。



(紫原くんは…人を選ぶなぁ)



私には優しいけれど、紳士的とはちょっと…いや、大分違うとは、解っていることだ。
今は教室で私の帰りを待っていてくれているはずの面影を思い浮かべて、内心苦笑した。

それでも、大好きなんだけどね。



「ありがとうございます」

「その口調は直りそうにないな」

「え?」



大した量でもなかったから、一人でもつらくはなかったけれど。とりあえずでもお礼は言うべきだろう。
隣り合う赤司くんに軽く会釈をすれば、彼は軽く口元を弛めながら指摘してきた。



「丁寧語だ。たまに砕けることもあるが…花守は僕に対して、いつも少し堅苦しくなるな」

「あ…そう、ですね。なんとなく、手が届かない気がするというか…」

「敦のことや部活仲間として、それなりに親しくした気でいるんだが」

「そ…れは……確かに」



確かに、赤司くんには相当お世話になった覚えがある。だからといって、親しいかと訊かれれば頷けはしないが。



「赤司くんには、たくさん迷惑をかけて…」

「そういったことを気にしてはいないよ」

「…ですよね」



にこりと微笑みかけられても、どこか緊張が残ってしまう。
今でも、赤司くんは手の届かない人だという印象が強い。私が最後の最後まで二軍を主としたマネージャー業務しかやってこなかったから、余計にそうなのかもしれない。

優しい人だと思っていても、落ち着いて接することができたことは片手で足りるくらいしか、きっとない。
このぎこちない空気を詫びるべきだろうか。本気で悩みかけた時、それはそうと、と彼は話題を変える前ふりを口にした。



「敦とはうまくいっているらしいな」

「えっ? あ、はい…最近は、多分」

「あの敦がご両親に頭まで下げたと聞いて驚いたよ。さすが、花守のことになると一気に行動力が跳ね上がるだけある」

「え、えっと…はい…」



赤司くんはどこまで知っているのか。というか、紫原くんはまだ赤司くんに報告しているのか。
思うところはあるし恥ずかしさもかなりあるけれど、嘘も吐くわけにはいかない。プリントで顔を隠しながら頷けば、隣で小さく笑う気配がした。



「成長したじゃないか」



それは、どちらに当てての言葉だろうか。
紫原くんのことなのか、私のことなのか。或いは両方か。

何故か楽しげな雰囲気を醸し出している赤司くんに直接問う勇気も持てず、ちらりと見上げたところ、橙色の左目と目が合った。
ドクリと、よく解らないタイミングで心臓が跳ねる。



「うまくいっているところに水を差すのも何だが…花守」

「…はい」

「敦と、これからについての話はしたかい?」



スッと細められた目に見据えられて、それまでの空気が一変した気がした。
赤司くんが何を言っているのか…何を訊ねたのか、直感的に気付いてすぐには返事ができなかった。



(これから…)



時間は流れるし、寒さは深まる。そしてまた新しい春が巡って来るまでに、大きな変化を迎えなければいけない。それは、私だけでなく誰もが通る道で、例外はない。

だから、赤司くんの指摘する話。その内容から目を逸らすわけにはいかなかった。



「全く、話してません」

「…そうか」

「今がいいならそれでいい…ということじゃ、ないですよね」

「そこまで無欲ではないだろう」



敦も、花守も。
静かに胸を突き刺されて、一度目蓋を落とす。

確かに。少なくとも私は、今だけよければ構わないなんて口が腐っても言えない。
間一文字に唇を結んだ私に軽く視線を投げて、赤司くんは付け足した。



「だが、臆病風には吹かれているかもしれないな」



盤上の駒を正しく進めるように、彼は現れて言葉を落とす。
どうしてか、私と紫原くんの間にある不安要素を掻き消しに来るように。それが仕事であるかのように。

本当に、保護者か何かみたい。
それにしては緊張感が拭えないけれど、自分の感想が全く的外れである気もしなかった。

だって、赤司くんは今日もそのスタンスを貫いてくれる。



「敦が進学する可能性が高く、一番首都圏から離れた候補は秋田の陽泉高校だ」

「……秋田…陽泉高校」



一応、進学先を決めるに当たってバスケの強豪校は調べていたけれど、首都圏外となると候補から外しがちだった。
瞬時に日本地図を頭に思い浮かべて、秋田の位置を確認する。自分の眉間に皺が寄るのが分かった。



「遠いですね」

「学生寮は完備されているし、校風も悪くはないようだが…お世辞にも近いとは言えないな」

「東京と秋田じゃ、会おうにも会える回数は数えるほどですよね」

「今の状況とでは比べるまでもないだろうな」



まだ、紫原くんの答えが出たわけでもない。けれど、赤司くんが私に話したということは、高い確率でそこに進学するということだろう。
決して簡単に決められない進路先に、首都圏から遠く離れた学校が挙がるくらいだ。信憑性はある。

すらすらと流れてくる言葉を審議していると、いつの間にか足が止まっていたらしい。
少し前で立ち止まった赤司くんは、軽く微笑みを浮かべると私を振り返った。



「大丈夫かい、花守」



それはきっと、今の状況に対しての問い掛けではない。

彼は訊ねたのだ。
もし離れることになってしまったとしても平気か、と。






問われる




「……私は」



臆病風に吹かれているのは、誰だろう。
正しい答えを導き出せるのか…いつの間にか、猶予はもう、残り少ないものとなっていた。

20140906. 

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