幼心の成長記 | ナノ




ヨーヨー釣りの屋台を離れた後は、満足が行くまで他の屋台も廻って、頃合いを見て来た道を引き返した。
せっかく二人きりで来られた縁日だし、少しくらいは羽目も外したくなってしまう。けれど、花火を観てから帰るつもりでいた私に対して首を横に振ったのは、普段は滅多に私の望みを拒んだりしない紫原くんの方だった。



「ゆあちんのお父さんと早めに帰すって約束したし」

「え…いや、でも、ちょっとくらいなら許してくれると思うよ?」

「んー……オレもほんとはもっといたいけどー…逃げないって決めたら、そこら辺はちゃんとしなくちゃダメな気がするし」

「……そ、そう…」



だから帰ろう、と促してくる彼に、さすがに素直に頷く以外の反応は返せなかった。
何だか、私の方が考えが浅かったようで少し恥ずかしくなる。

紫原くんは、私の為にも、この先二人でいる為にも、色々と考えてくれていた。
今の選択で未来を潰さないように、小さな失敗もしないように。
子供じみた甘えの多い彼が、自分の意思で頭を働かせて動く。その意味はとてつもなく重い。



「でもやっぱ、花火観れないのは残念だよね。今度行く時はゆあちんのお父さんお母さんを説得できるようになろー」



繋いだままの手を振りながら、自分を鼓舞するように、もしくは私に宣言するように次の機会を口に出す彼の、高い位置にある横顔を少しだけ見上げる。

屋台の灯りで不思議な色になる髪は、左手の指に下げた紫色のヨーヨーとよく似た色合いだった。









いつもならずっと喋っていられるような他愛ない話は、今日はうまく続かなかった。駅まで戻る最中から電車に乗るまで、ちょくちょくお互いに沈黙することが多くなる。
僅かな気まずさと緊張の源は分かっている。できるだけ頑張って自然を装いはしても、私自身本当はあまり、落ち着きを取り戻せてもいなかった。
顔を見るとどうしても思い出してしまうことがあるから、結構な時間俯き加減でいたと思う。



『オレの知らないことも知りたいし、知らなきゃいけないんだと思う』



二度目になるキスは、一度目のそれが嘘だったかのように柔らかくて、優しかった。
彼の発した言葉を思い出すと、自然前後のやり取りまで浮かんでしまって、恥ずかしさに見悶えそうになる。けれど、そんな風に気をとられている場合でもない。

思い出す度に鼓動が速まって、熱を持つ身体から汗が滲む。それはもう仕方がないこととして、私ももう少し、覚悟を決めるべきだと改めて思う。
どんなことでも知るべきだと、彼が望んでいるなら避け続けてもいられない。



「…あ」



途切れてしまった会話をどうやって切り出そうかと考えていた時、少し遠くからドン、と大きな音が響くのを聞いた。
吊革を避けてドア付近に立っていたから、外の様子は窺える。電車の窓から屋台の並んでいた方角を見やれば、次々と夜空に打ち上げられる火の花が見えた。



「花火始まったみたい」

「あー、ほんとだ。ちょびっとだけど観れるね」



外を見るために身を屈めた彼の顔が、少し近付くことに心臓が跳ねる。
観たかった花火もどうでもよくなって、遠ざかって。私の中身は困ってしまうくらい、紫原くんでいっぱいになってしまう。

ああ、駄目。全然冷静になれそうにない。
かーっと熱くなっていく頭の中をどうにかするのは、もう諦めるしかなさそうだ。



「あの…あのね」



やっぱりちゃんと観たいよねぇ、なんてぼんやり溢していた紫原くんに、呼び掛ける声が震えた。とてもぎこちなかった。
訝しげに首を傾げてきた彼を見つめるのは難しくて、目線を落とす。胸が苦しい。けれど、伝えなければならないことはふざけられるような内容でもないから、少しでも落ち着かないと。



「私…紫原くんに、言ってないことがあって」

「言ってないこと……悪いこと?」



察しがいいのか、私のことに関してはマイナスな思考が先走るのか。
僅かに硬くなる声で問い返してきた彼の視線を肌で感じながら、正直に頷く。

良かれと思って話題に出しはしなかったけれど、この先ずっと避けられることでもない。特に、後から他者から知らされた方が大きなダメージになるのは確実だ。だったら、私から話しておいた方がいい。

誰かに傷付けられるより、私が傷付けた方がいい。それならその場で大丈夫だと、言ってあげられるから。



「聞いてくれる…?」



多分、彼の答えは分かっていて、確かめた。
それまで下げていた視線を持ち上げれば、じっと私を見下ろしたままでいた目とばちりと重なる。深い紫色の瞳は一度ゆっくりと瞬きをして、逸らすことなく再び私を見つめ返してきた。



「うん。聞かせて」



逃げない。その言葉通りの態度に、ほっとすると同時に胸が高鳴る。

いつの間にか聞こえなくなっていた花火の音の代わりに、どくどくと巡る血の音が耳の傍で響いた。







準備する




心を決められてしまったら敵わない。大きな手を握っていた力が、自然と強まった。

私ももう、逃げられないね。

20140524. 

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