幼心の成長記 | ナノ




何度か、道角を曲がって家が見えなくなるくらいまで来ると、引かれるまま着いてきていた紫原くんに声を掛けられた。



「ゆあちん…いいの?」



振り向いてみれば、まだ落ち込んだ気配を纏ったままの彼に見返される。
寂しさや悲しさを詰め込んだような瞳には見ている方が胸を締め付けられたけれど、私がここで悩んだり悲しがるわけにはいかない。



「いいの。お父さんなら、少しはお母さんを宥められるし…そもそも、私が話してなかったのがまずかったんだけど…」

「話せなかったんでしょ」



短く、冷たく響いた声に射られて、足が地面に縫い付けられた。
若干の恐怖が込み上げそうになって、全身が強ばる。



「オレと、付き合ってるって…簡単に話せるわけないよね」

「…ごめんなさ、」

「違う」



ゆあちんが、何で謝んの。

責められているのかと思って頭を下げようとしたら、大きく頭を横に振られる。
何で、なんて訊ねられて困惑する私を、見下ろす顔がくしゃりと歪む。



「ごめんって、言うのはオレの方じゃん」

「それは…でも、私はもうたくさん謝ってもらったから」

「だから、違うんだって…ゆあちんの周りまで傷付けてたって、今まで全然考えてなくて。あれが当たり前のことなのに、知らずにきたんだよ。それって今までゆあちんが、ずっとオレのこと庇ってたってことでしょ…?」

「庇ってた…の、かな」

「ゆあちんは、自分のこと考えるのは後回しだから解んないかもだけど。オレさー…ほんっと、駄目だ…」



彼が項垂れると、髪が邪魔をして顔が見えない。
覗き込むことも躊躇われて、掛ける言葉を探していると、繋がれていなかった方の手まで、伸びてきた大きなそれによって捕まえられた。



「全然…釣り合わなくって、情けなくって…ごめん」

「そんなっ」

「でも、さっき言ったことは全部嘘じゃない、から…オレ、絶対もうゆあちんに酷いことしないし。今は全然駄目だけど守りたいって、大事にしたいって本気で思ってるから…だから、」



ぎゅう、と握られる手の温もりを、私はもうよく知っている。
普段よりか細くなった声は冷静さを欠いているけれど、だからこそその必死さが窺えて、心肝まで響いた。



「うん」

「ゆあちん」

「ちゃんと知ってる。解ってるよ」



今なら大丈夫だと、一歩踏み込んだ距離で泣きそうに歪んでいる彼の顔を覗き込む。
泣きながら嘘を吐けるほど、役者じゃない。私のことを大切に想ってきてくれたことは、もうきちんと知って、理解しているから。



「オレと、付き合ってくれる…?」

「私は紫原くんと、これからもいたいよ」



それに、これから、でしょう。
たくさん傷付いたのは、彼だって同じことだ。自業自得だなんて言うけれど、私も相当長い間傷付けて、待たせてきたのだから。

繋がれたままの手を持ち上げて、とうとう決壊してしまった涙腺からほんの少し溢れた涙を拭ってあげた。



「あーもー…オレほんとカッコ悪いし」

「そんなことないよ」

「ゆあちんの方が断然賢いしさー…もっと、頑張んなきゃ」

「紫原くんが頑張りたいなら応援するけど…とりあえず今日はお祭り、行こう? 私楽しみにしてたの」

「ん…オレもめちゃくちゃ楽しみにしてたんだー」



ゆっくりと離れた手が、もう一度きちんと繋がれ直す。
絡められた長い指が私の手の甲を撫でる。そんな些細な触れ合いでざわめく胸は、問題を抱えていても幸せには違いなくて。

歩き出そうとした瞬間、あっ、と声を上げた彼にまた足を止められた。



「ゆあちん、髪留め」

「えっ? あ…そうだった」



急展開の所為ですっかり忘れていたそれを、指摘されて思い出す。
纏めた分の髪を留めている花飾りのバレッタは、いつかの休日に紫原くんから渡されたものだ。
浴衣に合うかどうかが気になったけれど、どうしても今日はこれを付けて出掛けたかった。最初のデートということになるなら、尚更。



「おかしくない…かな?」



あの日、一緒に過ごした証拠だと彼は言ったけれど。今日の証拠にもなればいいな、なんて。

きっと悪い反応は返ってこないだろうとは予想していた。似合う似合わないよりも、それを身に付けているという行為自体が重要だと思ったから。
それでも一応彼の答えを窺えば、まだ明るい日の下で、徐々に紅潮していく頬が見えて。
つられて、どきりと胸が鳴る。



「う、ん…可愛いと思う」

「っ、そう…?」

「ん…てか、浴衣も…すげー似合ってるし、可愛い」

「あ、ありがとう…紫原くんも、甚平似合うね」

「あー…うん、ありがと?」



何だろう。何だろう、これ。
可愛いなんて、彼に言われるのはよくあることなのに。

熱が上がって、ふわふわする。掴めなくなりそうな思考の手綱を、慌てて握り締める。
無性に照れるし、居たたまれない。甘ったるくなった空気に戸惑っていると、くい、と力強く手を引かれた。



「じゃー、まぁ、行こっか」



強く握り締められた手は、動揺の現れだろうか。
いつもよりもぎこちない声に促されて、妙な居心地の悪さを掻き消すように頷いた私も、続いた。







緊張する



ころころと揺れ動く気持ちに、気を抜くと置いていかれてしまいそうだ。

20131210. 

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