幼心の成長記 | ナノ




色んな人に心配や迷惑を掛けたと思う。
物事にけじめは必要不可欠で、本当に大切な事柄だからこそ何も言わずに自分達の中だけで終わらせる、ということはできなくて。

つまりは、大いに面倒を掛けてしまった一人に報告しないという選択肢は、私にも彼にも存在しなかった。



「…と、いうことで……」

「ゆあちんに、好きになってもらえたんだー」



ほわほわと花でも飛ばしそうなくらい上機嫌な紫原くんの笑顔と、真っ赤になっているであろう私の顔を交互に見つめたその人、赤司くんは、そうか、と柔らかく目蓋を伏せながら感慨深そうに付け足した。



「やっとか」



その言葉には、主に私の胸が突き刺される。
何しろ、赤司くんには私の心が傾き始めた頃も把握されているのだ。それからどれだけ時間がかかったのかも、知られているわけで。

無駄にもたついて紫原くんを振り回してしまったこともある分、ぐ、と喉を詰まらせた私に意味ありげな視線を投げてきた赤司くんは、口角を上げて笑っていた。

全て知っていて楽しげなのが、なんとも…。



「だが、よかったよ。これで当分は部活にも支障は来さないだろう」

「え…と?」

「敦の病気に真太郎が振り回されることもないだろう」

「び、病気…っ!?」



不穏な単語に驚いて隣を見上げれば、なんてことはなさそうに、へらりと笑う紫原くんが答える。



「ゆあちんのことしか考えらんなくなる病気ー」

「敦は末期患者だからな」

「なに、それ…」



所謂、恋の病とでも言うのだろうか。

考える以前にぼふ、と熱を持つ顔を俯けることで隠しても、隣から流れて伝わる幸せオーラに耐えきれない。恥ずかしい。今すぐにでも逃げ出してしまいたい。叶わないけれど。
その一方、部室の隅で明らかにドン引きしています、という顔をしたもう一人には申し訳ない気持ちで一杯になった。

なんだか本当に、会話内容がただのバカップルみたいで居たたまれない。
私だけが聞く分にも照れるのに、他にも聞く人がいる中で躊躇いなく口にされる言葉に、心臓は早鐘を打って止まらなかった。



(でも、本当だし…)



彼の言葉に、きっと嘘はない。だからこそ余計に、恥ずかしさで崩れ落ちてしまいそうにもなるのだけれど。

とりあえず、私以上に着いてこれていない残り一名にそっと視線を向ければ、直ぐ様それに気付いたその人は軽く目を逸らしながら苦々しげに口を開いた。



「あんな気色の悪い紫原、二度と御免なのだよ」

「真太郎は素直じゃないな。密かに心配していただろうに」

「ミドチンつんでれー」

「誰がなのだよ!!」



片や楽しげな、片やそれに便乗した煽りに、頬を引き攣らせる緑間くんが気の毒でならない。
二人を止めるようなことは私には不可能で、聞こえるか聞こえないか程度の声でごめんなさい…と謝ることしかできなかった。

結局、紫原くんを振り回したのが私なら、その被害を被った人に謝るのも私であるべきだろう、と。
そんなことを考えている最中、それまで隣から漂っていたふわふわとした空気が急に色形を変えたように感じた。

そんなことよりさぁ、と、声音だけは柔らかく弛い彼が話を区切る。



「もうこれでオレはゆあちんので、ゆあちんはオレのだから」

「っ、む、紫原くん…っ?」



今度は何を言い出すの、と焦って再び見上げる前に、ぐい、と引かれた腕の所為で蹌踉めく。
彼にとっては力加減されていたのかもしれないけれど、何せ体格差がある。ふらついた足がしっかりと立つより先に、軽い衝撃と共にぶつかったのは広い胸で。

一瞬で沸き上がる羞恥心にうわあ、と私が目を瞠るのと、紫原くんが宣言したのはほぼ同時だった。



「赤ちんでも、もう絶対ちょっかいかけたら許さないからね」



好きになっちゃ駄目だよ、ととんでもない言葉を吐く彼に、心臓が縮み上がるようだっだ。

有り得ない。まず赤司くんに対してとんでもない誤解をしている。
けれど慌てて手を伸ばしてその口を塞ごうとすれば、一瞬黙りこんだその赤司くんは、何故かまた楽しげに相好を崩していて。



「さぁ…次にまたお前が泣かせたら、その時はどうなるか判らないな」



何もかも解った様子で煽るような言葉を口にする赤司くんに、中途半端に持ち上がった私の手を捕まえた紫原くんが、ぎっ、と珍しく強い眼差しを向けるのが見えた。



「絶対、やんねーし!」








報告する




行くよゆあちん、と掴んだ手を引き摺ってくる紫原くんを慌てて追い掛けながら、部室を出る直前で振り向いて軽く頭を下げる。
お騒がせしてすみません、という意思表示だったのだけれど。

溜息を返してくれた緑間くんはともかく、細められた赤と橙の瞳はやはりというか、至極楽しげに笑っていた。



(ゆあちんもだよ。赤ちん好きになっちゃダメだからね)
(えっ? うん…それはならないけど…)
(けど、なに?)
(あの、手、が…その…)
(…教室まで繋いでくの、ゆあちん嫌?)
(いっ…嫌じゃ、ない……です)
(……もうだめゆあちん可愛い…)
(す、座り込んだら教室にも辿り着かないよ…)

20130403. 

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