幼心の成長記 | ナノ




夢みたいなものだと、思っていた。
願ってやまなかったのは本当でも、叶う自信なんて欠片もなくて。

笑顔より泣き出してしまいそうな顔が、優しい触れ合いより強く拒まれたことが、身体に染み着いて剥がれない。
今でもそうだ。過去は絶対に消えないし、記憶も後悔も、抱えていくしかなくて。
自業自得だから仕方なくて。寧ろそれが当たり前のことで。

だから…



「あなたが、好きです…紫原くん…!」



信じられなかった。
あの日、オレがゆあちんを好きだと言った日にその口から聞いた言葉が、全て覆されるなんて。

うざがったりしない。踏み潰したりしない。睨んだり見下したりなんて、もう二度としない。
ちゃんと優しくしてあげたくて、無理なく笑ってほしくて。ずっと。

ずっと、本当にずっとだ。
オレがそうなりたくて仕方がなかった姿を、ゆあちんは今、オレに当て嵌めてくれていて。
芯から信じて、本気で、好きになってくれた。



(何で)



嘘だと思った。
そんなの、都合がよすぎる。

まだ充分じゃない。まだ足りない。まだ、もっと、この子を大事にしなきゃいけない。そうじゃなきゃ、好かれるなんて到底思えなくて。
信じられない。信じられないけど、でも、胸が痛くて仕方がなくて。

ぎりぎりと、ノコギリで分断されるように?
違う。あんなに、足元から崩れ落ちそうな感覚じゃない。



(心臓が)



絞られたように、苦しい。
足元はふらつかないのに、身体中の熱が上がって、特に頭の中は沸騰というより融解し始めているみたいだ。くらくらする。

衝動的に抱き締めた身体は、逃げるどころか藻掻くこともなく無抵抗で収まって。
形を確かめたくてその頭を引き寄せれば、応えるようにしがみついてくる手を背中に感じた。

夢みたいに、出来すぎていた。
信じられないくらい大好きだなんて、ゆあちんが言う。涙で湿った声で、オレが好きだなんて。信じられないことを。

ああ、どうしよう。どうしたらいい?



(覚めたくない)



これが夢なら、覚めたくない。夢じゃないなら、掻き消えないでほしい。
都合がいいと思う。まだ、自分で自分が許せない。それでも、もう駄目だ。



「幸せで、死にそう」



心臓が痛い。喉が苦しい。嬉しすぎて、息が止まりそうだ。
こんなことで人は死んだりしない。けど、そう思う気持ちは嘘なんかじゃない。
呟いたオレに応えるように、ぎゅう、としがみつかれる。胸に当たるゆあちんの頭が頷いて、その感覚に声を上げて泣きたくなった。

これが、今オレの腕の中にいるこの子が、吐露してくれた言葉が、本当なら。
もう無理だ。

だって、手に入ることなんて、本当に想像できなかったんだ。
欲しくて、好きで、堪らない。それだけしか、オレの中にはなくて。



(離したくない)



お願い。何だってするから。
本当に何でもするから、このままでいさせて。
大事にする。もっと、悲しませたことを忘れてもらえるくらい、大切にするから。いくらでも頑張れるから。だから。

好きだよ。本当に、おかしいくらい、大好きだから。
だからそのまま、好きでいて。オレをもっと、好きになって。

壊さない程度に、強く腕に力を込めても、抱き締めた身体は少しも拒んでこない。縋るように回された手も、抱き返してくれて。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を伏せたまま、ずっとオレは、願っていた。

信じられないくらい幸せなこれが、どうか夢で終わりませんように。







目覚める




朝起きて記憶を読み返して、現実だったことを確かめても、まだ信じられない。
不安を引き摺って登校しても、朝練では運悪く、ちゃんとは顔を合わせられなくて。

だけど、教室に入ってすぐ。位置の変わった席に座って、友達と談笑している横顔を見たら、漸く目が覚めたような気持ちになった。



「…ゆあちん」

「っ! お…おはよう…紫原くん」



声を掛けたら、びくりと振り向いた顔が真っ赤に染まった。
そわそわ、落ち着かなさげに視線をさ迷わせる姿は、見て判るくらい恥ずかしそうで。

なんだかもう、それだけでまた、泣きそうになった。
逃げられない。避けられないし、夢じゃない。そう思うと力が抜けて、どさりと椅子に座り込む。
前とは違う位置の、隣の席に。



「ゆあちん、好き」

「うっ!?…ん、いや…うん…」

「ゆあちんは…」



訊いたら、しつこいかな。鬱陶しいかな。
駄目だ。何か、落ち着かないし。

無意識に自分の頭を掻き回そうと上げた手が、途中でぴたりと止まる。
少しだけ温かい感触に驚いて視線をやると、小さな両手が包み込んでいた。

どくん、と身体の芯が疼く。



「私、も…好き」



赤く染まった頬と少しだけ潤んだ目は、多分、オレの所為で。
若干震えた声で返された言葉もオレに宛てられたもので。

可愛いとか、もう、そんな言葉じゃ足りない。
背後から頭を殴られたような衝撃と、込み上げた目眩にぐらりと、身体が傾いて倒れた。



(ダメだ、これ)



心臓が、持たない。

頭から湯気が出るんじゃないかと思うくらい、脳が沸騰する。熱い。
身体を捻るようにして机に伏せたオレに慌てた声が降りかかってきても、今は起き上がれそうになかった。

こんなの、破壊力強すぎだし、無理だって。



(え、えっあの…紫原くん…!?)
(……しぬ…)
(え…えっ…!?)

20130320. 

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