机に乗せられた手が、震えていた。
そのことに気付いて、胸をぎゅう、と絞られたような苦しさに苛まれた。
ああ、どうしてもっと考えてあげられなかったんだろう。
他の誰でもない、好きな人に避けられて、平気でいられるはずなんてなかったのに。
彼にとってどれだけの打撃か、知っていたのに繰り返して。
(私の馬鹿)
痛い思いなんてさせたくない。
なら、恥ずかしいなんて言ってる場合じゃ、ないでしょう。
重ねた手は私のものより一回り以上大きいのに、力加減を忘れたそれは今にも壊れてしまいそうに感じた。
「お願いが…あるの」
「えっ?」
ロングホームルームも終わり間近。
漸く落ち着いてきた胸を両手で押さえながら、あれからずっとそわそわとした気配を漂わせている彼へと向き直った。
顔は上げる勇気がない。まだ恥ずかしい。それでも幾分か冷静に話すためだから、今は仕方がないと思いたい。
彼の方からも、指摘されないことに安心する。まだドキドキと早鐘を打つ心臓はどうしようもないけれど、今なら少しはマシに会話ができそうだった。
教室内は席替えの名残で、賑やかだ。
「お願いって…何? ゆあちん」
「ん…あの、私…私がもしまた逃げようとしたら、捕まえてほしいの」
「…へっ?」
「逃げたくないの。でも、身体が勝手に動いちゃって…紫原くんが怖いわけでもないの、だから…」
私がどうしようもなかったら、止めてほしい。
本当に、彼を傷付けたくはないし、私だってこのままは嫌だから。
戸惑う空気が伝わってきたから、後押しに頭を下げた。
私の行動が予想外だったのだろう。頭の上から、慌ててやめて、と声を掛けられる。
「わかった。お願い聞くから頭、上げて。ゆあちんが下げちゃダメだよ」
「?…どういう」
こと?、まで、言い終わる前に、授業終了のチャイムが鳴り響く。
自然と会話が途切れ、終わりを告げる担任の声が聞こえきった刹那、ぐん、と腰に掛かった負担と高くなった視界に、私は反射的に悲鳴を飲み込んだ。
…って、え…っ!?
「捕まえた、し…っごめんゆあちん、オレもう限界!」
「へ…えぇっ!?」
高過ぎる視界に、これもまた反射的にしがみついたのは、視界の下の方に見えた首だった。
デジャビュだ。前にもこんな風に担がれたことがある。
現実逃避にそんなことを考えていれば、その間に呆然とした顔でこちらを見てくるクラスメイト達から引き離されていた。
「え、えっ…!? む…紫原くんっ…目立ってるんだけど…っ!」
私の混乱を余所に、ずんずんと進んでいく彼の足取りは止まらない。
休み時間の廊下には人が溢れている。そんな中、人一倍上背のある男子が女子を担いで速足で歩いていれば、それは目立たない方がおかしいという話で。
膝より少し上の太股と背中を支えられているから、私に肉体的な負担はない。けれど、彼が通った後の背後から興味津々といった目で見られるのが、恥ずかしすぎる。
しかも全重量が彼の腕にかかっているわけで…今更だけど、重くないのか気になったりもして。
なのに、彼はと言えばその辺りへ向ける意識は、もうないようで。
「ごめん。我慢して。ちゃんと人いないとこ探すから」
「む、紫原くん…」
「余裕、ないの。オレもう今、すげーヤバいから」
くっ、と、背中に当たる指に力が入れられた気がする。
たったそれだけの動作に私の心臓はどくんと跳ねて、息をするのも苦しくなった。
余裕なんて、私もないよ。
何だかもう、こうしてくっついているだけで胸が苦しくて、酸素が取り込めないみたいに頭がくらくらしてきて、顔が熱くて。
なのに、嬉しいの。幸せみたいに、感じてしまうの。
紫原くんも、同じなのかな。
同じだと、いいな。
(好き)
伝えなくちゃ、ちゃんと。あなたに、今度こそ届くように。
しがみつく力を強くすれば、息を飲む音がすぐ近くで聞こえる。
そうしたらまた私の胸は苦しくなって、頭の中からとろとろと、彼への気持ちが溶け出しそうだった。
綻びだす全部全部、溢れるままに。
あなたにあげるまで、もう僅か。
20130311.
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