ああ、どうしよう。
まだ若干重い頭を枕に押し付けながら、私はもう何度と繰り返した自問自答をそれでも口にせずにいられない。
時刻は午前九時二十四分。
とっくに始まってしまった授業と、そして何より彼の様子が気になって、ぼやける頭でも悩み続けるしかなかった。
まさかこのタイミングで、私まで倒れるなんて…。
(いや…そりゃ、遷る、よね……)
身体は丈夫な方なはずだけれど、粘膜接触はよくない。
一晩熱に魘されて少しだけ、本当に少しだけだけれど冷静になれた頭で考える。実のところ風邪を遷されたから熱が上がったのか、考えすぎて知恵熱が出たのか、自分でもよく分かっていなかったりするのだけれど。
とりあえず高熱による頭痛や吐き気は感じたから、知恵熱だけというわけではない…と思いたい。
けれど、いくら冷静になれたところで、事実は事実なわけで。
次に彼に会った時、どんな顔で向かい合えばいいのか…結局答えは出せなかったし、そのまま学校に向かったところできっと私はパニックを起こしてしまっただろう。
それを考えると、時間の猶予ができたことはある意味助かったと言えるのかもしれない。逆に、先伸ばしにして首を絞められているとも考えられるけれど。
「紫原くん…」
大丈夫、かな…。
あれから、熱は下がっただろうか。今日はもう、学校に行っている…?
純粋に、そこが心配な気持ちはあった。
私が興奮させてしまったから、容態悪くなっていやしないかと。
けれどそのことに頭を使えば、細々としたやり取りまで全て思い出されてしまうから困る。
ぎゅうう、と、透明な手に握り締められたかのように苦しくなる胸に、熱を持つ身体に、どうしようもなく泣きたくなった。
(どうしよう…)
蘇るのは、私の告白を聞いて、伸びてきた手の記憶。
強く、逃げ場を奪うように引き寄せられて、驚く間もなくこの唇に、彼のそれが重なった。
緩く作った拳の内側で、意味もなくその部分を覆う。
まるで味わうように一心に貪られたことを、思い出す度に頭の中はぐるぐると混乱して、心拍まで高まる。
ドクドクと働いている、首元の動脈の動きがよく分かる。
思い出さなければいいのに、どうしても考えずにいられない自分がとてもいやらしい人間のように思えた。
恥ずかしいのに。
「……も、やだ…」
真っ赤に染まってしまっているであろう顔を、ぐりぐりと枕に擦り付けて呻く。
嫌だったわけじゃない。でもあんなの、早すぎると思う。
確かに私は紫原くんが好きだし、漸く伝えられたところだったけれど。
所謂お付き合いというものに踏み切れば、それはいつかは体験することなんだろうけど。
でも、だからってあんなの…
「ううう…っ」
あんまりだ、と思う。
だって彼は熱に浮かされていて、前後不覚の状態であんなことをしたのかもしれないのだ。
普段の紫原くんなら、きっとあそこまで強引なことはしない。私が怯えないよう気遣ってはくれるし、少なくとも想いが通じてすぐにあんなことは…しないと、思う。多分だけれど。
(でも)
でも…と、考えてしまう。
でも、しないだけで、したくないわけじゃないんだよね。きっと。
悩めば悩むだけ熱が高まって、動悸も速まってくる気がする。
彼は私が好きで、立派に男子なのだ。何を今更、とも思うけれど、改めて考えるとかなりの羞恥心に見舞われる。
(男の子に、好かれてるんだよね…)
しかも、あんなに大きな身体から溢れだしてしまうくらい、強く。
自分の胸を抱き締めるようにベッドの中で丸くなりながら、ぎゅ、と目蓋を閉じた。
そうして、思い出す。
思考も何もかも纏めて、食べられてしまうんじゃないかと思ったあの感覚。
それでも、死んでしまいそうなくらいドキドキしたのは、それだけ必死に好かれていて、欲しがられていることが解ってしまったから、だ。
意識を奪われたのか、逆に流し込まれたのか。どっちなのかは判らなかったけれど。
ただ、頭では混乱して逃げ出したくなる事実を、心はどう感じていたかと言えば…多分、嬉しかった。
食べられてしまいそうなあんな感覚に、それだけの好意を読み取って、確かに幸せを感じていた気がして。
はしたない、と思う。だから逃げたい。でも逃げられない。考える前に、焼き付いた記憶は簡単に消えない。
そしてやはりというか、悩みは途絶えなかった。
思い出す明日熱が下がったとしても、私は彼に何を言えばいいのだろうか。
どう考えても冷静に向き合える余地はなく思えて、唸り声は長らく収まりそうになかった。
20130219.
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