幼心の成長記 | ナノ




赤司くんから渡された地図を頼りに最寄り駅からの道を進めば、現れた一軒家。
その表札を確かめてから、大きく深呼吸をした。

ご両親は仕事に出ていると聞いている。けれど、本当に勝手にお邪魔してもいいのだろうか。
一応扉の前で考えるも、ここまで来て悩んでも仕方ないと割り切ることにして、チャイムも鳴らさずに扉に手を掛けた。



(肝が据わってきた気がする…)



これは彼の影響だろうか。だとしたら、それで本当にいいのだろうか。

あんまりよくない気がするなぁ、と苦い笑みを口許に浮かべながら、滑り込んだ玄関から先の天井は高く造られていた。
もしかしたら、家族揃って上背があるのかもしれない。



「お邪魔します…」



しん、と静まり返った室内に、扉の閉まる音がやけに響く。
ドキドキと早鐘を打つ心臓を胸の上から押さえながら、ローファーを脱いで端に揃えてから板張りに上がった。



(二階の…二番目の扉)



すぐ近くにあった階段を、なるべく音を立てないように登る。まるで泥棒にでもなったような気分だ。
さすがに赤司くんは抜け目がなく、部屋の位置も地図の端にメモされていた。

一段一段気を配りながら、部屋に近付くにつれて緊張は高まっていく。
登りきった階段の先に目当ての扉を見つけて、一瞬だけ尻込みしたくなった足をギリギリで踏ん張って止めた。



(駄目)



逃げないと、決めたんだから。

もう一度深い息を吐いて、強張りそうになる足を動かす。
扉はすぐ目の前だ。この先に彼はいる。

風邪を引いたというのは嘘ではないだろうから、寝込んでいるかもしれない。
一応、そっとノックしてみても返事はなかった。



(入っていいのかな…)



ここまできて何を悩むのかとも思うけれど、自室に入るというのは思いの外緊張する。
けれど結局は立ち尽くしていても仕方ないのだから、胸に爪を立てながらそのドアノブを握ることになるのだけれど。



「む…らさきばら、くーん…」



起きてたら返事が欲しいな…。
そう願いつつ、今にも消え入りそうな声で呼び掛け扉を押す。

そうして最初に目に入ったのはやはりというか、大きく膨れ上がったベッドで。
カーテン越しに差し込む日の光だけに、照らされる室内。誘われるように足を踏み入れ、他のものはなるべく見ないようにしながら、家具屋でも見たことがないような大きなベッドに近付いた。



(寝てる…?)



枕元に膝をつき、そっと覗き込んでみると、半分顔を埋めながらも整った寝息が耳に入る。
いつも弛い人ではあるけれど、自分のテリトリーとなると更に無防備な彼の姿に、違う意味で胸が苦しい。

どうしよう。起こした方がいいのだろうか。
勢いでここまで来てしまったけれど、正直何をどう話せばいいのかも纏まっていない。
しかも今私は立派な不法侵入中だ。弁解は赤司くんの名を出せばなんとかなるかもしれないけれど、それもうまく説明しなくてはいけない。



(顔、赤い…)



熱があるのかな。

自然と伸びた手が前髪を掻き分けて、しっとりと汗ばんだ額に触れる。
そこまで高くないけれど、少し熱い。誰もいないのなら薬も飲んでいないかもしれないし、やっぱり起こした方がいいのかもしれない。

私のことはどうとでもなる。先に、彼の体調を考えよう。
そう決めて、少し可哀想だけれど少しだけ布団をずらして、その肩に手を置いて揺さぶった。



「紫原くん、紫原くん…起きて?」

「んー…な、に…?」

「起こしちゃってごめんね、お昼ご飯食べたかどうか聞きたくて…」

「えー……あれ…ゆあちん…?」



眉を顰めながらものろりと身を起こし、軽く目を擦っていた彼がおかしなことに気付いたように、こちらを見下ろして首を傾げる。
それと同時にぐうう、とお腹の鳴る音も聞こえて、私は苦笑しながらバッグの中から目当てのものを取り出した。



「ゆあちん…?」

「フルーツゼリーとマンゴープリン…足りないと思うけど、食べようか」

「んー…食う、けど…」

「うん。食べたら薬も飲もうね」



ここに来るまでに、一応を考えて総合風邪薬も買ってきてある。
とりあえずゼリーの蓋を開けて、スプーンと一緒に差し出しながらそう言えば、それまで戸惑った顔をしていた彼が嫌そうに唸った。



「えー……薬やだー」

「駄目だよ。早くよくならないと」

「んー…」



渋々といったようにスプーンを動かしてゼリーを咀嚼する様を見上げて、ほっと安堵の息を吐いた私は安直過ぎた。



(意外と、大丈夫なのかな)



いつも通りに接することができている気がする。
紫原くんも思ったよりは冷静だな、なんて。

そんな風に考えていた私は、本当に呑気だったとしか言いようがない。
彼が何をどう納得しているか、私は欠片も気が付いていなかったのだから。







休息する




それは束の間の、穏やかな時間。

20130203. 

prev / next

[back]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -