その年の夏は、やけに短かったように感じた。
全中三連覇という偉業を成し遂げ、帝光中キセキの世代の貫禄を見せつけた、中学生活最後の夏。
直接彼らに関わりはしない私にすら感じられた微かな歪みは、一瞬でバスケ部レギュラーを食い潰したようにも見えた。
「あ…黒子くん」
「! 花守さん…お久しぶりです」
「あ、うん…そういえばそうだね。スタメン入りしてから中々関わる機会なかったし」
エナメルバッグを肩に下げて部室から出てきた彼と鉢合わせたのは、偶然だった。
大きな試合も終えて引退も間近とはいえ、まだ夏も終わったばかり。荷物の引き取りにはタイミングが早い気がする。
訝しげな私の視線に気付いてか、彼の目蓋が静かに伏せられる。
その仕種一つで何となく事情を察してしまい、掛ける言葉を失った。
「退部するんです」
そして吐き出された事情に、私も俯く。
詳しいことなんて分からない。外側から軽く撫でるくらいにしかレギュラーの問題を見てこなかった私には、引き留めるような言葉は紡げなかった。
だからといって、理由を問うような不躾な真似もできない。
「そっか…」
何か。それでも何か、言わないわけにもいかない。
まだ黒子くんがレギュラーになる前から、なってからもお世話になっていたことを知っている。
「あの…今まで、ありがとう」
「…何のことでしょう」
特に表情は変えずに、傾げられた首に苦い笑みが溢れる。
しらばっくれても、知っているよ。
(……何度か、紫原くんから庇ってもらった)
彼には庇うなんてつもりはなかったかもしれないし、ただ理不尽な暴言が許せなかっただけなのかもしれないけれど。
今なら解る紫原くんの機微にも、もしかしたら彼は気づいていたのではないだろうか。
とても聡くて、感情にも敏感な人だから。
「じゃあ、またね。黒子くん」
大きく息を吸って笑顔を作れば、きょとんと、その大きな瞳が瞠られる。
そしてすぐに、滅多に見られない穏やかな笑みを返された。
「そうですね…また」
また、きっと、好きになってね。
部活は辞めても、何もかも終わるわけじゃないんだから。
「花守さんは、紫原くんと仲良くしてあげてくださいね」
「…う、ん…ていうか、黒子くんにもバレてるのかな…」
「何のことでしょう」
やっぱり、しらばっくれる。
涼しい顔をして同じ言葉を繰り返す彼に、恥ずかしさに埋まってしまいたくなりながら顔を覆った。
私、そんなに分かりやすいのかな。
道を別つ私は見送ることしかできない彼の道の先が、明るいものであってほしいと思う。
目を離せばすぐにでも見失ってしまいそうな背中を見送り、私は無人であろう部室の扉に手を掛けた。
20130119.
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