普段よりも更に緊張しながら見上げたそこに、掲示された結果を目にした瞬間、私は何よりも先に勢いよく駆け出していた。
「紫原くん!」
「っ! な、に…ゆあちん?」
教室に入れば探す間もなく見つかる大きな背中を、殆どぶつかるような勢いで叩いた。
今正に席に着こうとしていたらしい彼は、それでも蹌踉めいたりはしないところが流石だと思う。
けれど、今はそんなことに感心しているような場合ではなくて。
「紫原くん、試験結果見たっ?」
急いで来た所為で若干乱れた呼吸を整えながら訊ねれば、今日も変わらず眠たげな瞳がぱちり、と瞬く。
「あー…今日だったっけ」
「今日だよ…っはぁ、やっぱり気にしてなかった…」
「んー、だって今回はゆあちんと勉強したし…今のところ赤点ないから、悪くないんじゃない?」
「悪くないどころじゃないよ…!」
紫原くんのことだから、気にしてないような気はしてたけど…!
悪くない、じゃない。寧ろ良すぎたのだ。
「紫原くん、18位だったよ!」
「え…」
定期考査の結果の掲示は、上位20名。その中に彼の名前を見つけて、どれだけ驚いたことか。
一応私も10位以内には入れているけれど、それより何より、成績が著しくない人間がその圏内に入るのは簡単にできることじゃない。
これには流石に驚いたのか、ぼうっとしている彼の目も瞠られる。
数秒間黙り込んだかと思うと、マジで?、とぎこちなく首を傾げてくる。その動作に、私の方も何度か首を上下に動かした。
信じられないことに、本当なのだ。
「う、わー…何そのゆあちん効果…こわい…」
「今までやる気出してたら、そのくらいいけたってことだよ…っ」
「それは無理だと思う」
「無理じゃない! でも凄いよ、本当に…紫原くん、頑張ったもんね。偉いよ!」
私が教えることなんて殆どなかったし、それはつまり本人が実るほどの努力をしたということで。
途中で思わぬ妨害が入ったりもしたけれど、こうして結果が出ているのだから凄い。
因みに突撃してきた黄瀬くんはというと、私の学力で二人は見きれないし、より問題があるという理由で赤司くんに説得されて引きずられていってしまった。
その後彼がどうなったのかも気になりはしたのだけれど…とりあえず今は、目の前のことの方に意識を引き付けられる。
自然と降りてきた頭を、勉強会の時にしていたように撫でて褒めてあげれば、少しだけ紅潮した頬がふにゃりと緩む。
その顔もそろそろ見慣れてきたと言えばそうなのだけれど、態度で表されるとどうしても胸が苦しくなっていけない。
可愛いな、と思う度に、彼のことを好きだと思う気持ちも、強まる気がして。
(私、ちょっともう…駄目だなぁ)
締め付けられて高鳴る心音を自覚しながら、せめてまだ顔には出ないでほしいと、思うけれど。
「ゆあちんがいれば、オレ頭よくなるかも」
そんな甘えたことを口にされても、つい嬉しくて堪らなくなってしまうから、困り者。
クラスメイトからの視線すらもう馴染んでしまっていることに、恥ずかしいのにやめる気にはなれないのだから。
浸透するそしてそんな穏やかな空気は、またも飛び込んできた黄瀬くんにより、壊されてしまうのだけれど。
(紫っちアレどーゆーことっスか!? 何で赤点常習犯があんな上位に!!)
(頑張ったし)
(うわぁああズルい! どうせ花守っちに無理なおねだりとかしたんでしょ!? ズルいっスよ…!)
(は?)
(え…っと、おねだりって何…?)
(上位に上がれたら何でも一つ言うこと聞くとか…そういうのあるじゃないっスかぁ…っ)
(ええ!? し、してないよっ? ねぇ紫原くん?)
(…うーわ。黄瀬ちんフケツ)
(えええ!? 嘘!? じゃあ何でやる気出したんスか紫っち!?)
(別に…そんなんなくても普通に、ゆあちんといられるだけで頑張れるし)
(っ…こ、ここでノロケられるとか…なんかスゲー悔しい…っでもオレは認めないっスからね…!)
(別に黄瀬ちんに認められなくてもゆあちん好きなことに変わりねーし!)
(……私は、いい加減二人のやり取りが、恥ずかしいです…)
20130113.
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