幼心の成長記 | ナノ




学生にとって最も避けて通りたい、避けられない行事は何かと訊かれれば、大半の人間は定期考査と答えるのではないかと思う。

運動部、特にバスケ部に力を入れている帝光中学も、試験前一週間は基本的に部活動は禁止されている。
そんな長い部活休みに入る前日、いつも通りマネージャーの仕事を終えて帰る仕度も済ませた私を、足留めするように部室の扉に寄りかかりながら待っていたのは、我が帝光バスケ部のキャプテンだった。



「? えっと…?」

「花守、一つ相談というか…頼み事がある」

「はい?」



わけが解らないままでありながらも、何やら真剣な顔をして見つめてくる赤司くんに自然と背筋が伸びる。
一体何の用だろうかと瞬きを繰り返す私に、つり目がちの大きな瞳を軽く伏せて、溜息を吐くようにその端麗な唇が弛められた。



「紫原の学力指導を頼みたい」

「……は…え?」



そして私は飛び出してきたその言葉に、思わず耳を疑ったのだった。








 *



「えっ、ゆあちん一緒に勉強してくれんの!?」

「う、うん。キャプテンに頼まれたし、紫原くんがよかったらだけど…」

「全然いいし! わー、後で赤ちんにお礼言わなきゃー」



周囲に花でも飛ばしそうな勢いで喜ぶ紫原くんと、そんな彼をよかったね、という顔をしながら見守るクラスメイト達には未だに馴れず、恥ずかしさが込み上げる。

そして手に持ったお菓子を食べるのも忘れてへにゃっとした笑顔を保つ彼を見ていると、自分の提案ではないことが逆に申し訳ないような気分にもなった。
もちろん、私も紫原くんといられる時間ができるのは、正直すごく嬉しいのだけれど…。

いつもはレギュラーの中でも勉学を不得意とする人達のためには、赤司くんや緑間くんが勉強会を開いて指導しているらしい。
しかしその不得意な人間というのが、中々厄介なレベルで不真面目なようで。
その中でも特に緩い紫原くんは意外と手がかかるらしく、できることなら指導対象は減らしたいというのが赤司くんの意見だった。

確かに、赤司くんや緑間くんにも自分の勉強があるのだから、他人にばかりかまけてはいられないのだということは解る。



(私で役に立てるのかは不安だけど…)



成績は確かに悪い方ではないけれど、人に教えたことはないからあまり自信はない。
一応赤司くんは大丈夫だと確信していたし、とりあえずはその言葉を信じたい。

紫原くんと言えば授業中もぼうっとしているか寝ているか、はたまた私を観察しているかの三択なのだ。
どこまで授業内容を頭に入れているのか、不安にもなる。



「えっと…じゃあとりあえず、今日から少し居残ってみようか?」

「うん、わかったー」



こくんと素直に頷いてくれる彼を見れば、そこまで困らせられるような予感は今のところはあまりしない。
今日は初日なわけだし、まずは彼の学力の確認から入るべきだろう。

まだ朝のホームルーム前だというのに既に緊張しながら彼の顔を覗きこむと、機嫌は良さげなまま傾げられる。

大丈夫。だと思いたい、けれど。



「私、きちんと教えられるように頑張るから…紫原くんも頑張ってくれる…?」



やっぱり少し不安で、つい縋るようなことを言ってしまった私に、一瞬目を瞠って動きを止めた紫原くんの身体が、急に肩辺りから勢いよくがくりと俯いた。

その異変に驚いた私の目には、ぐしゃりと袋の上から握りしめられてしまったまいう棒が写る。



「っ…大丈夫、頑張る」

「あ、うん…ありがとう」



何となく見覚えのあるようなその反応には、多分突っ込んではいけないのだと理解して。

周囲から集まる更に強まった生暖かい視線に、私まで深く俯いてしまった。






頼まれる




そうして始めた勉強会は、思ったよりも覚えのいい紫原くんのおかげでそこまで難航することはなく。
集中力さえ保てば平均以上はとれそうな結果に、私は驚きつつも安堵したのだった。



(すごい…紫原くん、ちゃんと勉強したら頭いいよ、これ)
(んー…今はゆあちんいるから楽しいしねー)
(そ、そっか…えっと、じゃあ今日はこれくらいで終わって…はい)
(…え?)
(昨日、アップルパイ焼いてたの。頑張ったご褒美に)
(え、あっありがと! ゆあちん好き!!)
(う、うん…一週間、頑張って勉強しようね)
(うん。ゆあちんが一緒ならオレ頑張れるよー)
(うん…私も、一緒に頑張るね)
(…っ…もー…ゆあちんがゆあちんすぎて…)
(う、うん…?)
20121125. 

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