「と、とりあえず、彼女達には一週間一軍マネージャーの役割をこなしてもらうということで…駄目ですか」
下手したらこちらが加害者に成り代わる恐れのあるような罰を次から次へと提案し合う赤司くんと鍬田さん、それからとりあえずヒネリつぶしたくて堪らない様子の紫原くんに、押され気味になりながらもなんとかそう絞り出した。
時刻は19時を回り、部室内には既に他の部員の姿はない。
自分の声がやけに響くことに少しだけ緊張しつつ、さすがに彼らの意見に口出ししないわけにはいかなかった。
別段危害らしい危害を加えられたわけでもないし、重視すべきは部活動の円滑化なわけで、不必要に厳しい罰を与えることはないのだ。
再犯防止には身体で理解してもらうのが一番効くとは思うし、一週間そこらなら部活動への支障は少なく済むだろうと考えての意見だったのだけれど…その私の考えに頷いたのは、やはりというかキャプテンだけだった。
「何でそうなるんですか先輩…!」
「ゆあちんが一軍来るなら解るけど、ゆあちん虐めた奴が来るとか…オレ、ヒネリつぶさない自信ないし」
「え、えー…っと…結構効ける罰だと思うんだけど…」
基本的に、私や鍬田さんといった顔触れは二軍でもそれなりに仕事を任される立場にある。それは普段の仕事量に見合うものなので、今回また嫌がらせを仕掛けてきた女子達は普段からあまり仕事をしていない部類の人間なのだ。
つまり、二軍の仕事ですら満足にこなしていない人達だということで…。
「なるほど…確かに、効けるだろうな。元からいる一軍マネを減らさなくても、それなりに効果はあるだろう」
「ただ、部員の皆に少し不快な思いをさせるかも…なんですが…」
「いや、それすら対象への罰になるからな。一週間程度なら我慢させよう」
「えー…オレやだよ赤ちん。ぜってー我慢できないってー」
「暴力さえ奮わなければ好きにしていいぞ」
「へ?」
きょとりと目を丸くする紫原くんに、思わず苦笑する。
鍬田さんの方はなんとなく察してくれたのか、少しだけ驚いた顔をして振り返ってきた。
「花守先輩…訂正します。わりと容赦ないですね…」
「い、いや…再犯防止にね…? 私達が卒業しても部活は続くから、残す対処法はシンプルな方がいいかと思って…」
「つまり、自分達が如何に使えない人間かを思い知らせ、他の部員やマネの本気度を見せれば再び馬鹿な真似をする気は起きないだろう、と」
「鍬田さん…言い方が……間違ってはいないんだけど…」
まるで物凄く性格が悪いと言われているような気がして、軽く落ち込む。
未だによく解っていない様子の紫原くんはどういうこと?、と首を傾げていて、そのまま知らずにいてほしいと思った。
「つまり…そうだな。お前が昔花守に取っていたような態度を全面に出して接していいということだ」
「………」
「き、キャプテン…」
なのに、この人はどうして厄介な突き方をしてくれるのだろうか。
しかも例の出し方が悪質過ぎる。
一瞬にして冷たくなった空気に、冷や汗が出てくる。
恐る恐る、見上げた彼の表情は無表情のまま固まってしまっていて、私の心臓を握り込まれたような気がした。
あまりにも、酷ではないかと。
「あ、あのキャプテン。紫原くんはできる限り関わらないようには…」
「無理だな。花守に危害を加えた人間を放っておけるわけもない。そもそも今回の件は紫原にも非があった。罰は等しくあるべきだ」
「っ、でも、別に紫原くんは悪いことをしたわけじゃ…」
「いーよ、ゆあちん。赤ちんの命令は絶対だし」
「! で、も…」
少しの間固まっていた彼が出した答えに、思わず反論したくなって再び彼を仰いで、視界に入ってきた表情にぐっと言葉に詰まった。
なんて顔を、するんだろう。
諦めたような目で、彼が笑っているところなんて今まで見たことはなかったのに。
それから伸びてきた手に、自分の手を包み込まれて胸が痛む。
らしくなくその長い指が震えていることに、気が付いてしまった。
「ゆあちんは…見に来ないでね」
「…紫原くん、」
「怖がられたくないし…一週間、一軍に近付かないで」
お願い、と。
がくりと頭を下げる姿に、伝わってくる震えに、どうしようもなく苦しくなる。
私に思い出させたくないのだと、解る。怖がられることを恐れているのだとも、解るけれど。
思い出すのは何も、私だけではないのに。
未だに罪悪感を抱えている彼の方がずっと、思い出したら苦しいはずなのに。
紫原くんだけは、関わらずに済ませてあげられないだろうか。
そう思って視線を投げた先には、厳しい表情を崩さない赤司くんの姿があった。
(駄目…か)
キャプテンの言うことは、絶対。それは我が帝光バスケ部において当然のルールだ。
逆らっていいことが起きた試しがない。
それなら私が出してあげる答えは、一つしかなかった。
再び彼の冷酷な顔を、言葉を、態度を見て、怖くないなんて言える自信はさすがにない。
彼を傷つけてしまうことだけは、したくないから。
「…解った。できるだけ、部活中は近づかないようにするね」
「……ん。ありがと、ゆあちん」
「ううん…」
ごめんね。
そう返す代わりに、冷たくなった手をぎゅっと握り返した。
怖くないと、言ってあげたい。けれど、まだ言えない。
普段の彼を恐れているわけではない。けれど、嘘は吐けない。
私は誰よりも、彼の怖さを知り尽くしていて。
その痛みが何かの拍子にぶり返さないとは言い切れなかった。
繰り返すそれでも、嫌いになれない。なりたくないから。
少しでもお互いを傷つけない方法を選ぶことを、逃げだとは思わない。
20121108.
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