「引き継ぎの件は問題なく…普段のメニューは1.5倍ということで。あと、細々とした備品類が不足してきたので買い出しの許可がほしいんですけど」
「ああ、頼んだ。荷物持ちは必要か?」
「いえ、大きなものは明後日辺りに発注するつもりでそこまでの量にはならないし…一人で充分です」
連絡すべき事柄がこれで全てか確認して、赤司くんの気遣いには首を横に振った。
備品の管理はマネージャーの仕事であるのだから、必要以上に選手の練習の妨げになってはいけない。
私の答えに納得したように頷いた赤司くんは、それからふと日々の練習記録を纏めたノートから顔を上げ、そういえば、と珍しく表情を弛めた。
「紫原とはうまくいっているようだな」
「……はいっ?」
今の今まで部活関係の打ち合わせをしていたのに、不意を突かれて肩が跳ねる。
部活中に、まさか赤司くんがプライベートに突っ込んでくるだなんて、思っていなかった。
どこか愉快げに口角を上げたその顔は、逃がす気はない、と物語っていて、自然と顔を引き攣らせてしまう私は悪くはないと思う。
「あ、あの、キャプテン…部活中にそういう話題は…」
「取り持った立場として報告くらいは受けたいものだな」
周囲で練習に励む部活生達に聞かれないか、軽く視線をさ迷わせながらなんとか見逃してもらおうとするも、相手が悪かった。
強すぎる目力と有無を言わせない笑顔の押しに、勝てる人間なんているのだろうか。少なくとも私は戦う以前に降伏する側の人間にしかなれない。
とうとう目を逸らし続けることすら苦痛になり、諦めて視線を戻せばとても爽やかないい笑顔が待ち構えていた。
赤司くんって、こんなに笑う人だったっけ…。
違和感を感じつつも、言葉に出して問う勇気はない。
「っ……楽しかった、です…」
じわりと込み上げる羞恥心に逃げ腰になるのを必死に堪えて、なんとかそれだけ絞り出すと赤司くんは満足げにそれは何よりだ、と目蓋を伏せた。
その様が保護者か何かのように見えてしまったことについては、黙っておく。
「紫原も相当舞い上がっていたからな。完全な一方通行ではないようで安心したよ」
「……そんなに私、分かりやすいですか」
「どうだろうな」
紫原からの報告を聞く限りでは分かりにくくはない、という赤司くんの言葉に、自然と頭が前に傾く。
バレたくない人にバレてしまった…と。
「紫原は言われるまで気づかないだろう。別に突くつもりもないから気にするな」
「…でも紫原くん、キャプテンに相談しそうだし…」
そこで私の想いが解られていると、漏れることがなかったとしてもアドバイスは偏っていくんじゃないだろうか…。
不安を露に、目の前で涼しげに微笑んでいる赤司くんを見上げてみた時、不意にその瞳が軽く上へ向けられてその笑みが深まった。
「何で赤ちんがゆあちん独り占めしてんのー。ずるいし」
「!」
「マネの仕事だ。むくれるな」
いつの間に近づいてきていたのか、真上からにゅっ、と覗き込んできた不機嫌そうな顔に、驚いて後退りそうになった。
(い、今の聞かれてない…よね…?)
ばくん、と跳ねた心臓を胸の上から押さえながら視線を上げてみれば、今正に話題の中心に立っていた彼がすぐ後ろまで来ていて。
咄嗟に言葉の出てこない私を余所に、二人は恐らくいつも通りに会話を進め始める。
その様子を見るにどうやら会話内容は知られていないようで、一先ずはほっと安堵の溜息を漏らした。
「なんか赤ちん楽しそうだったしー」
「そう見えたか」
「見えた。でもゆあちんはダメだからね。赤ちんでも、絶対ダメ」
間に挟まったままの会話に居心地の悪さを感じて、タイミングを計ってこの場から離れようとしていたところで不意にぎゅっ、と握られた手にまたもや心臓が跳ねる。
「む、紫原くん…?」
犯人なんて一人しかいない。
上擦る声を押し留めながら彼を呼べば、尖っていた唇が弛んで途端に上機嫌な笑顔に変わる。
ここが体育館の隅だと、忘れていないだろうか。
普段の練習風景では有り得ないレベルの嬉しげな表情が、どれだけ周囲の視線を集めるものなのか。
彼には多分解らないし、解っても気にしないのだろうけれど。
「ゆあちんのこと一番好きなのオレだから、ダメだよ。ねー」
「っ…え…と……」
視線が…怖い…。
近場で練習していた人間が、化け物でも見たような顔でこちらを振り向き、固まるのが視界に写って目眩がした。
それはそうだ。驚かない方がおかしい。
部活中というのもあるけれど、何よりあの紫原くんが恋愛的な好意を素直に全面に出しているところなんて…普通、想像できないと思う。
私だって、最初は信じられなかったくらいだし。
それはそれとして、突き刺さる視線に晒されながらオープンな好意をぶつけられた私は、どうすればいいのか。
一気に顔に集まった熱を隠す術もない。同意を求めるように首を傾げて見下ろしてくる紫原くんは、可愛いには可愛いのだけれど、この場合は質が悪過ぎて…。
「口説くにしてもTPOは弁えた方がいいな、紫原」
ぱくぱくと口だけ動かして何も言えずにいた私の意思を肩代わりして、簡潔に述べてくれた赤司くんはさすがだった。
更に首を傾げた紫原くんには、その意思は伝わらなかったようだけれど。
刺激する悪気がないって、恐ろしい。
びしびしと突き刺さる他のマネージャーの視線から目を逸らし、私は一人こっそりと溜息を吐き出したのだった。
(えっと…じゃあ私は、買い出しに行ってきます)
(ああ、そうだったな)
(ゆあちん一人で行くの? 大丈夫?)
(う、ん? 大丈夫だから、紫原くんはちゃんと練習に戻ってね)
(んー…わかった。ゆあちんは気をつけてね)
(? うん)
(…ここまで紫原を扱えるなら花守は一軍マネでもよかったな)
(!? 二軍のままでいいです!)
(………)
(……悄気るな紫原)
(……うん…)
(えっ、あ…ご、ごめん‥なさい…)
20121025.
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