これは、本当に死ぬかもしれない。
時間が経てば経つほど、落ち着くどころかどんどん痛くなる心臓をこっそり押さえながら思う。
学校で見るよりも少しだけ活発そうな服を着て、見たことがないくらい瞳を輝かせているゆあちんが、色々ともう、やめてほしいくらい可愛くて…オレの心臓はいつ壊れてもおかしくないと、思ってしまう。
「す、ごいっ…む、紫原くん、すごい、可愛い、美味しそう…っ!」
大量に並んだスイーツから目は離さずに、殆ど無意識でオレの腕を引いてくるゆあちんの方が可愛い。これは絶対に自信を持って言える。
ていうか、
(何でそんなハイテンションなの…)
なんかもう、可愛すぎるから本当に、勘弁してほしい。
確かに、並べられたケーキはすごく美味しそうではある。美味しそうではあるけど、普段は落ち着いてる雰囲気が大きいゆあちんが、信じられないくらいテンションが上がってるところを見せられたら、それどころじゃないわけで。
そんなの、ケーキよりそっちに目が行ってしまうのはもう、オレにとっては当たり前のことで。
期待に満ちた顔で振り返られたりしたら、それだけで蹲みこんでしまいそうになったりするから、困る。
(生きて帰れるかな…)
既にものすごく自信がないんだけど。
心臓は苦しいし顔は赤くなりそうだし。でも、結局は嬉しくて仕方なかったりして。
だって今日は本当に、この子のプライベートを独り占めできるんだ。これが嬉しくないわけがない。
きっと黄瀬ちんだって、ここまで一緒に過ごしたりはしていないだろうとか、考えては少しだけ優越感も覚えたり。
「ゆあちん、何食べたい?」
嬉しくて嬉しくて、これ以上ないくらい頬が緩むのが自分でも判る。
少しだけ背を屈めてキラキラと輝いている目を覗き込めば、ゆあちんは少しだけ肩を揺らしながらも一瞬で真剣な顔になって悩み始めた。
「うーん、どうしよ…さすがに全部は入らないし…やっぱり好きなのから攻めた方が無難だよね…」
「オレは多分、全部食べれるけど」
「えっ!?…あ、いや、そうだよね。紫原くんなら食べれておかしくないか…」
「うん。だから気になるのあったら分けてあげられるよー」
「! あ、ありがとう…っ」
ぱあっ、と、一気にまた明るい表情を取り戻したゆあちんを、真正面から見ていたことを一瞬後悔した。
なにこれ…なにこれ、ちょーつらい。
だったら気兼ねなく好きなものから、と鼻歌でも歌いそうな勢いで掲示されたメニューを見直すゆあちんの背後で、とにかく意味が解らないくらい暴れる心臓をどうにかしたくて、携帯を取り出した。
ゆあちんかわいいしぬ、と打ち出したそれを特に意味もなくミドチンに送れば、数秒経ってすぐに返事がきた。
たった二文字、『死ね』と。
『やだ生きる』と打ち返して一回深呼吸したら、少しだけ落ち着いた。
「紫原くんは端から行く?」
取るものは選び終わったのか、くるりと振り返って皿を差し出してきたゆあちんに頷きかけて、少し考えてバイキングに並ぶ人間を確認した。
「ゆあちんは何にする?」
「うん? とりあえず、カッテージチーズとフルーツのタルトと、苺のシフォンと…ティラミスとガトーショコラをどっちにするかで悩んでるかなぁ」
「わかったー」
「え?」
悩んでるなら、どっちも取っちゃえばいいか。
バイキングには祭日だからそれなりに人の壁ができていて、特に並び順のようなルールはないらしい。これだと普通に順番を待っててもゆあちんじゃ時間がかかる。
(人混みに押し負けそうだし)
だったらオレが取ってあげれば問題ない。
少しくらい前に人がいても、使われていないトングには余裕で手が届く。
前にいた数人が吃驚して振り返るのは視界に入ったけど、特に気にせずゆあちんが食べたいと言ったものだけ、倒さないように皿に並べて一旦下がった。
「はい、ゆあちんの分」
「あ、ありがとう…。さすが、ウィングスパン…使う場所違うけど…」
「たまに便利だよねー。オレ自分の取ってくるからゆあちんテーブル行ってていいよ」
「え、あ、じゃあ飲み物用意して待ってるね。紫原くん何がいい?」
「んー…じゃあオレンジにしようかな」
「オレンジね、分かった」
いつもよりニコニコと笑顔が多いゆあちんは、嬉しそうにもう一度お礼を言ってから足早にテーブルに向かっていく。
ああ、食べるの楽しみなんだなぁ、と丸分かりのその態度は、少し子供っぽくて可愛い。
何ていうか、そんな背中を見ているだけでぎゅう、と心臓が絞られて、夢を見てるような気がした。
まだそんなに時間は経っていないのに、今からこれだと本気で、生きて帰れるのか心配になった。
目が眩む『ゆあちんが可愛いすぎて生きて帰れない気がする』
今度は赤ちんにそう送ってみたら、『死んだら花守はオレが引き受けよう』と返ってきたから、『やっぱ生きる』と返信しておいた。
20121006.
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