丸襟の七分丈のブラウスに、サロペットタイプの短めのキュロットはパステル調のコーラル。袖無しのベストを重ねて、小さなポシェットを斜め掛け。
フェルトで出来た花飾りの付いたキャスケットを被り直して鏡を見つめ、大きく息を吐き出した。
(おかしくない…おかしくないよね、うん…)
家でも何度も確かめはしたけれど、これが最終確認だ。
改札口から出る前に、化粧直し用の鏡に全身を写してチェックを終えて、私は心を決めた。
よし、行ける…!
緊張で無駄に速まる心臓を気にしないよう胸を張って、戦にでも出るような心境になる。
よく考えなくても、相手は紫原くんだ。普段の性格からしても服装なんかに拘るタイプとは思えない。
けれどやっぱり、気になってしまうものは気になってしまうもので。
出来る限りは可愛い格好をしたくなるのは…もう、なんというか、つまりはそういうことで。
とてつもなく恥ずかしい気分に襲われながら、定期を取り出して改札を出る。
殆ど味わうのは初めてな感情の起伏に初っ端から負けそうになりながら、とりあえずは辺りを見回した。
(11時までは…あと15分か)
時間には程好く余裕があるし、まだ来てはいないかな…と、思ったところでその思考は裏切られる。
本人は配慮しているつもりだろうが、その上背の所為で人目を引き遠巻きにされている彼は、駅ビルの壁にぼんやりと寄り掛かっていた。
一瞬呆気に取られて、思わず腕時計に目を落としてしまう。
待ち合わせ15分前、間違いない。
時間にルーズというか、細かいことにあまり気を回さない節のある紫原くんが、待ち合わせ時間より早くそこにいた。
(う…わ…)
それだけでもう、両手を挙げて降参したくなる。
ただでさえ速まっていた鼓動が、胸の内側に体当たりを始めて。
いつまでも立ち竦んでいるわけにもいかず、踏み出した足はふわふわと軽くなる。
私の中のどこか冷静な部分が、恋って凄い、と呟く声が聞こえた気がした。
うん、本当に凄い。冷静になりたいのに、地面を歩いている気がしない。
「む、紫原くん…」
珍しくお菓子を持たずにぼうっと、見るともなしに辺りを見ていた彼の傍に寄り、おはよう、と小さく掛けた声にぴくりと頭が動く。
分かりやすく、ぱっと目が覚めたような表情が振り向いて、
「! ゆあち‥」
固まった。
「…え?」
それはもう、見事に。
置物のように固まってしまった紫原くんに、ドキドキしていた気持ちも忘れて戸惑ってしまう。
これは、どういうことだろう。
気だるそうな瞳が嘘のように大きく見開いて、軽く8秒くらいは経ったくらいに一応その顔の前で手を振ってみると、は、と顔を上げた彼は右手を動かした。
「紫原く、」
元に戻ってくれた?、と期待した私の耳に入ってきたのは、カシャッ、という機械的な一音で。
彼の右手に握られていたのは、大きな手には不釣り合いな携帯だった。
「え?…え? 紫原くん、何してっ…」
「赤ちんに、送んなきゃ」
「何で!? え、や、やめて紫原くん! キャプテンに送って何になるのそれ!?」
撮られた、と私が理解した時には既にメールを打ち始めようとしていた紫原くんの腕に、咄嗟にしがみついて止めようとすれば、ほんのりと赤くなった顔が困りきったように歪んで見下ろしてくる。
「だってゆあちん可愛すぎんだもん。赤ちんに報告…」
「え、あ、ありがとう…でも報告はしなくていい! しなくていいからっ!」
「でも」
「む、紫原くんだけ知ってればいい、から」
私の写メなんて貰ってもキャプテンには迷惑だ。
というか、こんな張り切った姿を見られたら確実に、私の気持ちがあの人にバレてしまう。
変に画策されない為にも、できることならバレたくはない。
そう考えながらも、心の半分くらいは浮き足立っていた。
(可愛い…)
歯に衣着せない彼の物言いは知っていたけれど、まさか顔を合わせて直ぐ様褒められるなんて思っていなかったから、嬉しさより驚きが勝ってはいるけれど。
可愛いと、思ってもらえることがこんなに心臓を鷲掴まれるようなことなのかと。
熱の集まる頬を押さえながらちらりと彼を見上げれば、彼の方は彼の方で、その大きな手で顔を覆い隠していて。
「待って…ゆあちん可愛い。ホントに、ヤバい…可愛い…」
「…え、え…っと」
「あー…ヤだ。心臓痛いし…何でそんな可愛くしてくんの…ゆあちんのバカ…」
「え、ご‥ごめんなさい…」
「違う。悪くないし。てゆーか…オレがダメ…」
何だか葛藤し始めてしまったらしく、小さく唸りながらの呟きを拾っては、私の心臓も痛くなる。
彼のこの言葉の素直さが好きで、だけれど少し苦手だとも思った。
ときめくそれから数分間、二人して照れていたなんて、本当に恥ずかしい話。
(紫原くんもオーバーオール着てる…)
(ゆあちんのは前無いけどねー)
(うん。でもよかった、そんなに服装ミスマッチじゃなくて…少し不安だったから)
(ゆあちんはどんなんでも可愛いと思うけど)
(っ…は、恥ずかしいからもう、そういうのは…いいよ)
(でもオレ、恥ずかしがってるゆあちん好きだし…)
(いや…ちょっと、それは私が困る…)
20121004.
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