幼心の成長記 | ナノ




たった一言、たった数秒。
それだけも、叶わない。






「黄瀬くんは誕生日早い方なんだねぇ」

「花守っちは?」

「私は…あ、来週だ。ちょうど7日後」



そんな会話が聞こえてきたのは、偶然二軍が練習している近くの水道場に向かった時だった。

聞きたかった声と、一緒には聞きたくない声の会話に、つい足が止まって。
角を曲がればあの子がいる。そうと知っても、踏み込めなかった。

近づいちゃ、駄目。
赤ちんの命令は絶対で、しかも黄瀬ちんと一緒にいるとこなんて、見たくない。
だけどそのまま立ち去ることもできなくて、ついその場に立ち竦んだまま、耳を澄ませてしまった。



(誕生日…)



来週の今日が、あの子の。
他の誰でもない、あの子の誕生日を知れたのは、よかったことなのか、間違いだったのか。



「ええ!? ちょっ、もっと早く言ってよ!? 来週じゃプレゼント考える時間ないじゃないスかー!」

「え!? い、いらないいらない! 黄瀬くんからプレゼントなんてもらったらファンの子に睨まれちゃうよ…!」

「えー? でも、花守っちは数少ない女の子の友達だし…ちゃんとお祝いしたいっス」

「その気持ちだけで充分嬉しいよ。ありがとう、黄瀬くん」



優しい声だった。本当に心から嬉しいと思っているような。
きっと、オレからは見えないけど、笑っているんだろうと想像がついた。
それに応える黄瀬ちんの声も弾んでいて、胸の奥にずん、と石でも落ちてきたような嫌な感覚がする。

いいな。あの子に喜んでもらえて。
気持ちとか言葉とか、そんなものでもあの子は喜ぶんだ。
オレじゃ、なければ。



(……苦しい)



例えばオレが、おめでとうなんて言ったところで、あの子には意味が分からないんだろう。
近づくだけで、泣かせてしまうかもしれない。少なくとも、嬉しがられたりすることはない。

せっかく一日笑っていられる日が、オレが接するだけで駄目になるんだ。
オレじゃなければ嬉しいことも、オレが関われば駄目になる。

でも、それでも、聞いてしまえば、一言だけでも伝えたくなって。
おめでとう、って、そう言いたくて。
どうしても諦めきれなくて、引き返した後に赤ちんに相談したら、やっぱり許可は降りなかった。



「言っただろう。花守には近付くな。時期じゃない」

「……でも、赤ちん…黄瀬ちんは、祝うんだよ」

「張り合っても仕方ないだろう。お前はまだ舞台には立てない。それとも、今以上に花守に恐怖を植え付ける気か?」

「………やだ、けど」



そんなこと、できない。怖がらせたくなんかないけど。
でも、オレ以外があの子を笑わせるのは嫌で。特に黄瀬ちんにはやめてほしくて。

悔しくて、悲しくて。
仲良くしてるところを、考えるだけでも息苦しくて。
だって、オレの方が絶対、絶対あの子のこと、好きなのに。



「…なら、紫原。一つ自分に賭けてみろ」

「賭け…?」



どうしても諦めきれないオレに、赤ちんはとうとう溜息を吐いた。
吐いて、仕方ないという顔をして、言った。



「今の時点では絶対に起こり得ないこと…そうだな、1週間後までに彼女の方からお前に近づくことがあれば、祝いの言葉くらいは伝えてもいい。無理だったら諦めろ」

「…何、それ」



認めてくれるのかと期待した心はあっさりと粉々に打ち砕かれた。

だって、そんなの無理難題すぎる。
あの子から避けられてるオレが、どうしたらあの子の方から近づいてもらえるの。



「無理じゃん…そんなの、絶対…」

「無闇に彼女を傷付けることを考えれば、相応の条件だよ」

「……赤ちん、いじわる…」

「お前はもっと酷かっただろう」



いじわる。
そんなこと、言われなくてももう、解ってる。

結局、勝てれば奇跡のようなその賭けに勝てるわけもなく。
それまでと同じように、1週間のリミットなんて知らないあの子は、オレを避け続けた。

分かっていたけど。



(あーあ……)



痛い。

おめでとうって、それすら伝えられないこと。
近づくことすらできずに、遠くから見ていることしかできないのも。

オレだけが、あの子に何を言っても、笑顔を返してもらえない。
分かってる。何が、誰が悪いかなんて、解ってるけど。



(1週間とか…無理に決まってるし…)



1年使って怯えさせて、何の対策もなく1週間であの子から苦手意識が消えるわけがない。
だから、駄目なんだ。何の対策もないのに近寄ったりすれば、もっと怯えられることは目に見えているから。

でも、それでも伝えたかった。

たった一言、おめでとうって。それだけだった。
それなのに、それだけのことですら、できない自分が苦しくて。
できなくした自分が嫌で、嫌で嫌で仕方なくて。



「…終わっちゃった」



その日は時計と睨み合って、12の数字を針が過ぎた時少しだけ泣いた。

それでもあの子を嫌いになんてなれなくて、後悔だけが後に残った。

だから。



『嬉しい…本当に、すごく…嬉しいよ。ありがとう…紫原くん』



夢を見ているのかと、思った。

らしくなく緊張して、でも連絡先教えてもらえるくらい近づけたから、今年はちゃんと言えると思って。
今なら喜んでもらえるかもって、期待して。
でもやっぱり少しは、不安もあって。

相手がオレでも笑ってくれるのか、少し悩んだけど、もう誰にもとられたくない気持ちが勝って。
誰よりも早くゆあちんに伝えたくて仕方がなくて、日付が変わる寸前にかけた電話越しには、緊張したような声が返ってきた。

それでも二言目からはその声の硬さもなくなって、ああ、これはいけるかも、という考えが過った。
それから一度深呼吸して紡ぎだした言葉に、ゆあちんは誕生日のことを忘れていたのか、驚いていたけど。

でも、それから少し喋ってみれば、携帯から溢れ出るその声が優しく、深く耳の奥まで響くように、嬉しい、と言ってくれて。

また、泣きそうになった。



(言えた…)



喜んでもらえた。オレでも。
1年は長くて、ずっと言いたくて。
言えずに仕舞いこむしかなかった言葉を、ようやく届けられて嬉しかったのは本当はオレの方だ。
許してくれたのは、ゆあちんだ。

ありがとうと大好きが頭の中を埋め尽くす。
嬉しくて、あったかくて、泣きたくなる。



(ゆあちん、ゆあちん…)



好きになって、よかった。
この子でよかった。

ぎゅっと絞まって苦しくなる心臓を、通話を切った携帯を持った手で押さえつけた。

明日は早起きして、学校に行こう。
あの子の顔を見て、もう一度言いたい。







思い切る




そしたら、ねぇ、きっと。
オレにも笑ってくれるよね。



(ゆあちん、おはよー)
(! 紫原くん…おはよう、本当に早く来たんだね)
(だって顔見て言うのも早い方がいいしー)
(そ、そっか…)
(うん。だからゆあち‥)
(あっいた花守っち! ハッピーバーぶふむぅっ!?)
(ゆあちん誕生日おめでとー)
(、あ、ありがとう…でも紫原くん、その、黄瀬くんの顔、が…)
(んむむむっ! ふんぬっ! ちょっ、紫っち!? 何するんスか!?)
(何って、ディフェンス)
(ここは教室でコートじゃないしオレの顔はボールじゃないっス!!)
(ゆあちんはゴールより大事だし)
(なんスかそれ!? 紫っち花守っちのこと嫌ってたっスよね!?)
(嫌ってねーし。黄瀬ちん変なこと言ったらヒネリつぶすよ。あと、ゆあちんに近づかないでよムカつくから)
(何その理不尽!?)
20120928. 

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