「オレ、死ぬかも」
「はっ!? 何があったのだよ…?」
部活前の着替えの最中、練習着に着替えてベンチに座ったまま呟くと、ちょうど部室に入ってきたミドチンがびくりと震えて振り向いた。
けど、正直ミドチンに構ってる余裕なんかないし、そんな反応は気にせず深く深く息を吐き出しながら身体を倒す。
腕や頬に当たる冷たいベンチが、少しだけ気持ちいい。だからといって息苦しさがなくなるわけでもないけど。
「ゆあちんがどんどん可愛くなる…苦しい。死ぬ」
「………紫原、貴様」
「放っておいてやれ緑間。紫原は病気だ」
「ゆあちん可愛いつらい。でも好き」
赤ちんの声すらぼんやりとしか聞こえないとか、あんまりだと自分でも思う。とりあえず、ゆあちんが可愛いのが悪い。
可愛いと思っていたのは好きだと思った時からそうだったはずなのに、最近もっと、胸が苦しくなり始めた。
声をかけてくれて、笑ってくれて、それだけでも嘘みたいに嬉しい。なのに、たまに控え目に突いてきたり、撫でてくれるようになって。
震えなくなった指先だとか、跳ねなくなった肩だとかにも気づいてしまったら堪らなくて。
(病気…かも)
やっぱり赤ちんの言う通りだ。
心臓がぐーっと絞まって、ちょっと目の奥まで熱を持つ。これはちょっとおかしい。異常だ。
でも、ゆあちんの病気なら痛くても苦しくてもいいかなー、とか思って、やっぱり異常だと思った。
痛くてもいいとか気持ち悪い。
「でも好き…」
「うざいのだよ…」
ゆあちんの顔を思い浮かべながらゴロゴロしていたら、うんざりとしたミドチンの顔がちょっと見えた。
何か、これは嫌だなと思う。
ゆあちんの顔考えてるのに他の奴の顔とか見たくないし。
「本当に紫原は花守が好きだな」
「うん、好きだよー。もうおかしいくらい、好き」
「見ていて面白い。あの紫原がどんどん欲深になっていくというのは…恋愛も案外興味深いものだな」
「よくわかんないけどー…面白いのはいいけど、ゆあちんだけは好きになんないでね」
「ああ、安心しろ。オレは取らない」
「……他の奴けしかけるのもやめてね」
「疑い深いな」
くつくつと喉を鳴らす赤ちんを首を反らして見上げると、真っ赤な目が猫のように細まっていた。
(うん)
疑い深く、なるよ。本気だから。
ゆあちんを好きなのはオレだけじゃなくて、ゆあちんが好きなのも、オレじゃない。
どれだけ好きになっても、余裕なんかない。誰かに取られたらどうしようかと、考えるだけで息ができなくなるくらい取り返しがつかないとこまできてる。そんなことはオレにだって解っているから。
余計な敵なんて、欲しくない。
怖い思いはしたくない。
「近づきたい、話したい、笑顔が見たい、触りたい、触られたい…それで? 次は何だ、紫原」
「……赤ちんのいじわる」
「心外だな」
素直に言ってみれば協力してやらないこともないのに、と笑う赤ちんから目を逸らして、閉じた。
「好かれたい…けど、赤ちんの手を借りたいわけじゃ、ないし」
まだ、全然駄目だと思う。
まだオレは、あの子に好かれるだけ、優しくできていないから。
もっと、笑ってもらえるようにならなくちゃ。もっと、もっと。
傷つけたことなんて、幸せで埋めてあげられるくらい。
そうでなければ、オレじゃ駄目だ。
「ゆあちんは笑ってんのが一番可愛いんだし」
オレじゃ駄目だと思いたくないから、まだずっと頑張るしかない。
そんなこと、とっくに気づいて解っている。
熟考する(でもゆあちん可愛すぎるから、ぎゅーってしそうになって、困るんだよねー…)
(結局ただのノロケか紫原…っ)
(押さえろ緑間。さっきも言ったろう、病気だ)
(うんオレ病気だよー。ゆあちん病)
(認めることじゃないのだよ馬鹿め!)
20120918.
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