外部の人間と内部の人間が溢れかえる校内を、私はひたすら目を凝らしながら走り回る。
がやがやとした喧騒を掻き分けるような放送に焦りを感じながら、ただただ目的の人物を探していた。
「っは、はぁっ…も、どこ…いるの…っ!」
いくら人が多いといえど、あの髪色と上背を考えればそれなりに目立つはずなのに…!
さすがに校舎内にはいないと思っていたのだけれど、これは考えを改める必要性があるかもしれない。
皆それぞれ忙しいとはいえ、体育祭という学校行事で一位を争う賑やかさを見せる日に、人の山からただ一人を見つけてこいというのは、さすがに無謀だろうと泣きたくなった。
私もまだ出場競技は残っているのに、こんなことで体力を削らせるなんて軽い嫌がらせとしか思えない。
(校庭には多分いなかったし、裏庭も見当たらなかったし、中庭も見た…あとは体育館付近…?)
探しているうちに移動されては元も子もないのだけれど、彼のことだからそんなに忙しなく動いているということはない…と思いたい。
そんな希望を抱きながらも半泣きになりながら体育館へと足を向ければ、部室近くに目を引く色を見つけた。
「み、見つけ、たっ…」
赤緑紫の三色。
何やら立ち話をしている様子の彼らの周辺だけ、どこか賑やかな周りの空気と異なって見える。
見つけたはいいが、その錚々たる顔触れに近づこうとしていた足がぎしり、と固まってしまって、焦りが胸の中を占領した。
探しに来たのに近づけないなんて、なんとも馬鹿みたいな話だ。
「ゆあちん?」
「え、あ…紫原、くん」
なんとか勇気を出して声を掛けなければ…と思っていたところで、急に振り向いたたった一人に、びくりと肩が揺れる。
まさか気づいてもらえるとは思っていなかった。
のっそりと足を動かして近づいてくる紫原くんに、緊張はしつつもほっとする。
実を言うと一軍レギュラーの人達も、普段はあまり接点がないので少しだけ苦手だったりするのだ。
「どしたの、息切らして。大丈夫ー?」
「だ、大丈夫…で、あ、あの、紫原くん、探してたの!」
「オレ?」
「そう、紫原くんの出る競技があと少しで始まるから…っ、て、あの…」
「んー?」
「えっと…ハチマキ、それ…落ちちゃいそうだけど、大丈夫…?」
よく見てみれば髪と絡まるようにしてぐちゃぐちゃに結ばれたハチマキを指せば、何も考えていなさそうな顔がこてっ、と傾げられる。
子供みたいな仕種に、母性を擽られるという女子の気持ちが少しだけ解った気がした。
「なんか、うまくできないんだよねー」
「髪が長いからな。そうだ花守、よければ直してやってくれないか。どうも男の手では器用に結んでやれないんだ」
「え……」
ひょい、と紫原くんの影から出てきたキャプテンの笑顔は、深い。
そしてその視線が一瞬だけ、近くに佇んでいた緑間くんへと投げ掛けられるのが見えた。
(結べないわけ、ないと思うんだけど…)
なんだか緑間くんの顔色も、若干悪いし。
それでも、帝光中バスケ部キャプテンの言葉は絶対だ。
特に逆らう理由も無いので、じゃあ、と頷いて紫原くんに向き直った。
「えっと、ちょっと蹲んでもらえるかな…?」
「はーい」
素直に返事をして蹲んでくれた紫原くんに近寄り、まずは絡まったハチマキをほどいて手に取る。
視線を下げたら紫色の髪が見えるというのが新鮮で、少し擽ったいような気分になりながら軽く額を掻き分けてハチマキを通した。
(意外と柔らかい…)
外れにくいよう、若干髪の中を通し、バランスを考えて結ぶ。
その際に指先で梳いた髪の毛は男子のものにしてはふわふわしていて、なんだか彼らしいな、なんて思ったり。
そう思えるくらいには彼への恐怖心が無くなっている自分に、少し嬉しくなる。
結び終わって手を離す前になんとなく、少しだけ頭を撫でてみると、広い肩がぴくりと震えた。
「はい、できた」
「…っ……」
「…紫原くん?」
「よかったな、紫原」
「ん、ゆあちん…オレ一位とってくるから見ててね」
「え? う、うん。頑張ってね…?」
「ありがと…!」
普段の動きが嘘のように勢いよく立ち上がったかと思うと逃げるように走り去って行く彼の、少しだけ見えてしまった表情に、呆気に取られて思考が固まる。
見たことがないくらい真っ赤になった顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいて。
何が起こったのか解らなくて狼狽える私の背後で、小さく喉を鳴らして笑ったのは、こうなるよう嗾けた張本人だった。
「青いな」
「…キャプテン……?」
「ああ、面白いものを見せてもらった。花守は一軍担当でもよかったかもしれないな」
笑みの形に歪んだ口元に、どんな顔を返していいのか判らない。
「どういうことなのだよ…」
「どうもこうも…泣きそうになるくらい嬉しかった、ということだろう」
「え、っと…」
「花守も、解らないほど鈍くもないだろうからな。あまり誑かし過ぎるなよ」
「たぶらっ!?…いえ、あの…はい…」
そんなつもりは、無かったのだけれど…。
思っていた以上に本気で好かれているということは、思い知らされたかもしれない。
先程感じた擽ったさが倍になってぶり返してきて、時間差で襲ってくる羞恥心に染まる顔を、必死に俯けて隠すことしかできなかった。
接触する(ゆあちん! 一位とったよー)
(! う、うん。おめでとうっ…えっと、か…かっこよかった…よ…)
(……!)
(な、なんて…)
(もうやだゆあちん…ぎゅってしたくなるからやだ…っ…)
(え、ええ…)
20120913.
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