幼心の成長記 | ナノ




不快感を隠しもせずに向き合ってきたその子の表情を見て、人間関係の厄介さが身に染みる。
マネージャーの仕事をしている放課後、大量のタオルをせっせと畳んでいる最中に近づいてきた後輩の、険しい目付きを見た瞬間に胸の奥で苦いものが込み上げるのを感じた。

少しお話いいですか、と訊ねてくる声は硬く、こちらに拒否権なんて無いことがよく分かる。
仕事を放置するわけにもいかないので、部活後に改めてお願いすれば、なんとかその場は引いてくれはしたけれど。

憂鬱な気持ちを飲み込みながら、あまり酷いことを言われないといいな…と、恐らくは無謀な期待を抱かずにはいられなかった。









「先輩は、紫原先輩を弄んでるんですか」



部活後、制服に着替えて約束していた校舎裏へ迎えば、既に壁に背をつけて待っていた後輩の女の子が第一声から鋭い言葉を投げ掛けてきてくれた。



「も、弄んでる…つもりは、ないけど…」



そう、見えるの…?
恋愛初心者の私に、そんな駆け引き的なことができるわけがないのに。

今は鋭い目をして私を睨んでいるその子が、彼のことを視線で追っていたことは気づいていなかったわけじゃない。
だからといって別に彼がこの子を特別扱いしたとか、優しくしたところは見たことがないので、何に好印象を抱いたのかまでは知らないけれど。

とりあえず、紫原くんのことが好きなんだなー…程度の認識で、今までは見てきた後輩だった。
特に仲良くしていたわけではないけれど、仕事はきっちりやってくれる子だったから、それなりに信用はしている。

そんな子からの攻撃は存外痛くて、自然と眉が下がる。



「でも、紫原先輩とは付き合ってないんですよね?」

「う…ん」

「じゃあ何で傍にいるんですか? 好きでもないのにそれって、紫原先輩が可哀想です!」

「それは…」

「それに…っ私とか、紫原先輩を好きな子に申し訳ないとか思わないんですかっ?」



ああ、本音はそれか。

最後に足された言葉を、脳で噛み砕いた瞬間にすとん、と納得する。
彼女の顔が、自分のことを口にする時に一際歪んだのを見逃さなかった。

一応、彼が可哀想かどうかは、ちゃんと考えてみたりもしたけれど。
でも最初から、私は彼を傷付けたくないから今の状況を選んだのだということを思い出せば、彼女の意見に痛みを覚えることもないような気すら、してきてしまう。



「可哀想…かな?」



何も考えず口遊んでしまった言葉に、目の前の後輩の顔が強張ったことにすぐに気がついて、しまった、と思う。

こんなことを言えば、反感を買うのに。



「最低…先輩、最低です! 紫原先輩の気持ちなんか考えてないっ!」

「ち、ちがっ…考えたから、今があって…っつ!」



パン、と響いた音。じわじわと熱くなる左頬を押さえながらもう一度正面を向けば、泣きそうな顔をしてこちらを睨む彼女の右手が震えていた。

打たれた。
それは解っても、特に気にはならなかった。痛いけど、もっと大きな、抗えない痛みを知っている身には、それほどダメージにはならなかったらしい。

驚くくらい心は静かで、混乱も何も芽生えなかった。



「こんな人…何で紫原先輩は……っもう、近づかないでください! 先輩みたいな酷い人に紫原先輩は似合いません!!」

「……ごめんね」

「何がっ…」

「近づかないのは無理。私、紫原くんの悲しい顔見たくないの」

「っ!」



息を呑んだ彼女に、苦笑しか返せない。
同じ立場にいないのに、理解しろというのは酷な話だと、解っているけれど。



「紫原くんが私を、嫌いになるなら…分かるよ。でも、彼が近づきたいって言っているのに、否定することはできないよ。貴方も、私も」



きっと、エゴなのだと思う。
彼女が私に離れてほしいと思うことも、私が突き放したくないと思ってしまうことも。

多分、同じなのだと思う。
立場が違う、それだけで。



「私ね、紫原くんが怖かったの…いや。今もまだ少し怖い、かな」

「な‥に…じゃあ、離れればいいじゃないですか…怖いなら離れて」

「うん…そうだよね。でも、嫌いにはなれなくて。悲しい顔されると、どうしても拒む気になれなくて…必死な気持ちを向けられたら、真剣に向き合わなくちゃいけない気がして」



それが、彼を想う人達には邪魔なのだろうけれど。
でも、彼は喜んでくれたから。

逃げずに、苦手意識を無くすことから始めて、ちゃんと向き合って想いに答えを出そうと思った。
良い方に転がるかなんて分からなくても、苦手だから怖いからと、傷つけ返すことだけはしたくなかったのだ。

不用意な言葉を返したくない。彼は、後悔してくれたから。
同じ思いをさせたくないと思った。
傷ついてほしくないと、思ってしまったから。



「解ってほしい…とは、言わないよ。ただ、紫原くんは…それでも喜んでくれてるから」

「っ…私や他の子は、どうでもいいってことですか…」

「よくないよ。…だから、私じゃなくて紫原くんに向き合えばいいと思う。好きなら、本人に言わなきゃ」



やり方が綺麗じゃないことは、きっと彼女にも解っているはずだ。
私の答えを聞いて苦味を帯びた表情に苦笑を返すと、唇を噛みながら彼女は踵を返した。



「………帰ります」

「うん…お疲れ様」

「っ…謝りませんから!」



最後に叫ぶように言い残して去っていく彼女を、どうしてか穏やかな気持ちで見送って、私も荷物を取りに部室へと引き返す。

打たれた左頬はじんじんと熱をもっていたから、途中水道場でハンカチを濡らして頬に当てた。



(恋って…)



改めて、大変だなぁ。

渦中にいることは解っていても、相手が相手だからそこまで実感は無かった。今までは。
でも、向き合うということは、今日のように巻き込まれるということだ。
彼を想う人間も少なくはないから、自然と私も恨まれる対象になっていくのだろう。

それでも、怖いとは思わないし、後悔も無い。
逆にスッキリとした頭で、心を決められた気がした。








撃退する




(あーいたー。ゆあちん、途中まで一緒帰ろ……ゆあちん、ケガ?)
(! 紫原くん…残ってたんだ)
(んー…それより、頬っぺたどうしたの。…まさか、誰かにやられた?)
(転んでぶつけただけだよ)
(……ウソ。ゆあちんのウソは分かるし)
(……か、帰ろうか!)
(ゆあちんー?)
(あの、う、あ…明日お菓子作ってきたら、た、食べてくれる…かな…?)
(……そりゃ…食べるけどー…でも頬っぺた…)
(ありがとう紫原くん! 頑張って作るね!)
(……なんかゆあちんずるい…)
20120909. 

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