幼心の成長記 | ナノ




ずっと見てきたから、知っていることがある。






「えっ、また呼び出し?」

「う、うん…今度は後輩の子だけど」



昼ごはんを食べ終わって帰ってきた教室に、入ろうとした瞬間に聞こえてきた台詞に自然と意識が引き付けられた。

いつでも絶対に聞き逃さないようになってしまった、柔らかなその声を無視することの方が、難しい。



「え、え!? どうすんのそれ!? 告白っしょ!?」

「え、っと…どうかな…? そんな風に決めつけるのはちょっと、あれだし…」



友達らしい女子が身を乗り出しながらゆあちんに訊ねて、それを聞いた心臓がぎゅっと縮む。
ドアの近くに立ったままのオレに気づいたクラスメイトが顔を引き攣らせていくのが、視界の隅に入った。
けど、そんなものは正直、やっぱり、どうでもよくて。

ぐるぐると身体の中を掻き回されるような気持ちの悪さに、手に持っているお菓子すら食べたくなくなるような、そんな感覚が嫌になる。



(知ってる)



つい最近、オレへの当て付けで好きでもないのにあの子に告白した奴がいた。
ゆあちんは多分どこかで、本気でないことを解っていたんじゃないかとも思った。
そんな風に見えたから、だからそんなに怖くもなかったし、振ったという話も聞こえてきたし、納得もしたけど。

けど、知ってる。そいつが本気でゆあちんを好きでもなんでもなかったとしても、本気で好きになる奴がいないわけじゃないこと。



(後輩…ゆあちんが好きな後輩……)



何人、いたっけ。
二軍と三軍に、よくゆあちんに近づいていく男が数人いるのも、知ってる。
いようと思えば好きなだけ傍にいれて、話しかけられて、笑いかけてももらえる奴ら。

考えただけで、頭の中がぐらぐらと揺さぶられるような気がした。



(ゆあちんが笑いかける奴ら…)



多分、好かれてる人間。
そんな奴らから好きだとか言われたら、今度は答えは違うんじゃないのか、とか。
自分が苦しくなるようなことを自分から考えるのは、馬鹿らしいと思うのにやめられなくて。

だって、ずっと見てきたから。
ゆあちんが簡単に人の気持ちを切り捨てたりはしないことも、知っていた。

そうじゃなかったら、オレだって、好きなままでいさせたりするはずないから。









消沈する





「…え? えっ? 紫原くん…?」



つん、と突っ張った袖に反応して、驚いた声を上げたゆあちんが振り向いても、オレは机に突っ伏したまま顔を上げられない。

何て言えばいいのか、わかんねーし。
でも、離したら行ってしまうから、どうしても離したくないし。

放課後になって、ホームルームが終わるとすぐさま席から立ち上がったゆあちんに手を伸ばして、制服の袖を握った。
止めたって仕方ない。人の気持ちはどうしようもないって、解らないわけじゃない。けど。



「あ、の…? どうかした?」

「……ゆあちん…」

「うん…?」

「………だ」

「え?」



一歩、多分オレの声が聞こえなくて、聞き返そうとしたゆあちんが近寄ってくる気配に、少しだけ腕から顔をずらした。
見つめてくる目がオレを心配する真っ直ぐなものだったから、息が少し苦しくなる。



「行っちゃうの…やだ」



オレじゃない奴を、好きにならないでほしくて。
でも、人の気持ちなんか操れない。赤ちんならできるかもしれないけど、オレは怖がられずにそんなこと、できる気がしないから。

何を言ったってゆあちんが行かないわけがないことも分かってるのに、駄々をこねることしかできないのも苦しい。
泣きたくなるような気持ちで見上げたゆあちんは、ぱちぱちと数度瞬きを繰り返すとすぐに、ゆっくりと表情を緩めた。



「ごめんね…それは、無理」



知ってたけど。
答えなんか、決まってたけど。
否定もできないから、黙り混む以外にどうすればいいのかも分からない。



「…紫原くん」



ずきずきと痛んできた心臓に眉を顰めそうになった時、袖を掴んだままだったオレの手に小さな手が重なった。
そうして今度は痛みとは違う苦しさに、目を瞠る。



「行ってきます」



大丈夫だから、とでも言うみたいにオレの手を撫でたゆあちんは、見たことがなかった顔で微笑んで。
それだけで痛みも忘れられるから、ゆあちんはやっぱりよく見てないと、誰かにとられてしまう気がして怖くなるんだと思う。
20120903. 

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