回された掃除の当番表を見ていると、ゆっくりと近づいてきた影に自分の影が覆い隠される。
一瞬だけ肩は震えるけれど、そんな状況にも最近は少しだけ馴れてきたところだ。振り返るとすぐ後ろに立っていた紫原くんが、板チョコレートを齧りながら首を傾げていた。
「ゆあちんどしたのー?」
「あ、うん。掃除場所の当番が変わったから、確認してたの」
「ふーん?」
教室でお菓子なんて食べてよく怒られないな、と最初こそ思っていたものの、一ヶ月ちょっと経った今では彼のそれはもう日常風景と化している。
最初は注意を促していた教師も、彼の燃費の悪さには敵わなかったらしい。注意して止めさせれば授業中に鳴り続ける腹の虫に辟易して、ついには休み時間限定ではあるが必要な分の間食を許してしまった。
もしゃもしゃとお菓子を頬張り続ける姿は、確かにどこか動物的にも思える。
最近は少しだけ長い時間彼を見ていても平気になってきたので、できる限りプラスしようと限界まで彼を観察することが増えた。
しかし彼の方も私を観察していることが多いらしく、殆ど視線が合ってしまうので何故か見つめ合う形になってしまい…。
さすがにそうなるとずっとは見ていられなくて、私から逸らすことがかなり多いのだけれど。
「んー…次どこ?」
「三班だから実験室だよ」
「ゆあちんとー、オレとー…あと誰だっけ」
「ええ……海野くんと紗綾ちゃん‥で分からないかな。藤宮さんだよ」
まさかクラスメイト、覚えてない…?
クラス替えしてそう時間が経っていないとは言え、席が近いから同じ班なわけで。
海野くんなんて、二軍だけど一応バスケ部の部員だ。
関わり合いが殆どなくても、顔くらいは覚えていそうなものなのに…。
若干引き攣りそうになる顔をギリギリ苦笑まで引っ張ってくると、表から目を離した紫原くんはその辺りには頓着していない様子で、私を見下ろすと相好を崩した。
「おんなじ班っていーね」
「う、ん…?」
「一緒にいても、おかしくないの。いーよね。ずっとゆあちん見てられるし」
「………え…えっ…!?」
嬉しくて仕方ない、というような顔で、真っ直ぐに向かってきた言葉に貫かれて、理解できた瞬間に沸騰する脳内に全身から力が抜けてしまいそうになる。
ある意味、厳しく冷たい言葉を投げ掛けられるよりも頭の中は大変なことになって。
恋愛経験なんてまるで無いところに、純粋な好意をぶつけられてしまうと、少しも落ち着けなくて、落ち着き方も分からなくて。
やっぱり、まだ、紫原くんは苦手かもしれない。
恐怖の次は羞恥心で逃げたくなる足を、床にくっつけておくのでやっとだった。
我慢するでも、きっと、多分だけれど。
この恥ずかしさは、嫌なものではない。
(ゆあちん真っ赤だよー)
(う、うん…知ってる…けど、あの、ずっとは見ないでほしい…というか…)
(……いや?)
(い、嫌じゃないよ? 嫌じゃないけど…は、恥ずかしいし…っ、何より掃除の時間だからねっ?)
(えー……じゃあ、今見とく?)
(そ、それはそれで困る…かな……)
20120830.
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