幼心の成長記 | ナノ




ただ、ただ腹が立って、悔しくて、嫌だった。
そうしてやっと気づけた気持ちは、気づく前にもう、取り返しがつかなくなっていた。









バスケを楽しいと思ったことはない。スポーツは何でもそうだけど、才能がなければ勝ち進むことなんてできるわけがない、とても理不尽なものだから。
だから最初から決まっている体格差や俊敏性、体力の差の前に挫けてやめる人間がいるのも当たり前。寧ろできないならやらなきゃいいと思うし、実らない努力を重ねる意味も解らなかった。

意味が解らないから、“そういう”人間も嫌いで。
大して器用でもないのに必死になって、いつも一生懸命な顔をしてできない人間を励ましたりするそいつが目障りで堪らなくなってヒネリつぶした。
視界に入る度に何回も何回も傷つけて、泣きそうな顔をして逃げていく背中を何回も、何十回も見てきた。

震えながら見上げてくる顔は鬱陶しくて、余計に泣かせたくなる。
そんな奴は他にもいたのかもしれないけど、オレの目に写る範囲で一番うざったかったのがそいつだった。

見当たらなくなったことに気づけたのは、二年の夏頃のことだったと思う。
いつの間にか視界に入ってこなくなったそいつに、イライラすることはなくなったのに面白くもなくて。
自分がどうしたいのか分からなくなってきた頃に、黄瀬ちんがスタメン入りしてきた。

才能がある奴は別に目障りじゃない。
だから別に、黄瀬ちんが嫌いなわけでもない。
嫌いじゃなかった、はずだった。
だけど、その瞬間、今まで見てきたどんな奴よりも潰したいと思った。



「あ、花守っち!」



自主練の最中に、聞き覚えのある名前を叫びながら黄瀬ちんが駆けていった先を見て、どくりと心臓が大きな音を立てた。

オレからしてみれば信じられない小ささで、身の丈に合わない段ボールを抱えあげていたその影は、最近ではずっと見ていなかった姿で。
そんな人間に黄瀬ちんは親しげに話しかけたかと思うと、その荷物を半分以上取り上げて。
焦って取り返そうとしたそいつは言いくるめられたのか、最後には嬉しそうに笑っていた。

笑顔。
笑顔だった。黄瀬ちんが向けられたのは、真っ直ぐな。
周囲の音が遠ざかって、二人から目が離せなくなった。



(なんで)



何で。何それ。何だよ。

ガンガンと頭を殴られているような、衝撃が小刻みにやってくる。

そんな顔、してた?
一度でも、オレにそんな顔、見せた?
頭の中を巡るのは涙の滲んだ目だったり、引き絞られた唇だったり、真っ青な顔色や震える身体ばかり。
一度だって見たことがなかった。あんなに近くで、誰かに笑いかける姿なんて。



「ただいまっスー」

「黄瀬ちん」

「え? うわっ紫っち! ど、どうかしたんスか…?」

「あいつと仲良いの」

「へ? 花守っちのことなら、まぁ。二軍いる時にお世話になったし」

「ふーん…あいつでも媚売ったりするんだ」

「は?」



荷物を運んで手伝って、帰ってきた黄瀬ちんに話しかければ、へらへらとしていた顔が急に顰められた。



「…花守っちはそんな子じゃないっスよ。上部だけしか見ない子達と一緒にしないでほしいっス…すごい、いい子なんだから」



何それ。
何、知った被ったみたいに。

自分は解ってると言いたげな言葉に、吐き気がするほどイラついた。
そんなの、そんなこと。お前よりオレの方が知ってる。知ってるのに。



「……黄瀬ちん、1on1しよ」

「…はい?」

「ヒネリつぶす」

「は!? ちょ、ちょっと紫っち!? 何怒ってんスか!?」

「怒ってねーし!!」



嘘だ。怒ってる。だって腹が立つ。
何で、何でオレの方が知ってるのに、オレの知らない顔を黄瀬ちんが見慣れてるんだ、とか。

悔しい気持ちに気づいた次は、どうして悔しいのか考えて。
考えた先に出てきた答えに、首を絞められた。



「そろそろ自覚する頃だろうから言っておく。紫原、お前は花守に近づくな」

「………は?」

「好きなんだろう、花守が。だが今近付こうとしたところでうまく行くはずがないからな」

「は、な…何言ってんの、赤ちん…」

「花守はお前を怖がっている。使えるマネージャーに辞められると困る。だから下手に近づくな。以上だ」

「何で…待ってよ赤ちん、それじゃ…」



それじゃあ、どうすんの。
好きだったって解って、でも近づいちゃいけなくて、怖がられたままで。
どうすんの。どうすればいいの。

あの子の笑顔、オレは見れないままで。



「残念ながら今の段階では部にもお前にもいい結果は望めない。できることといえば…時期を待つしかないな」



時期が来るかも分からないが、それに賭けるしかない。

冷静にそんな判断を下す赤ちんに、オレは返す言葉が見つからなかった。



もっと早く、どうして気づけなかったんだろう。
こんなに苦しくて、痛い気持ちになる前に、どうして。

どうして、笑わせてあげられなかったんだろう。

後悔しても、もう遅かった。









振り返る




「ねぇゆあちん、ゆあちん」

「え? う、うん、なに?」



慌てた様子で振り向く顔は、少しだけ顔色が悪くなくなってきた。
少しずつ合うようになってきた目をじっと見つめると、困ったように首を傾げられる。



「紫原くん…?」



真っ直ぐに伸びた髪が風に揺れていて、触りたくなって伸びそうになる手を机の下で握り締める。



「ゆあちん、あんまり黄瀬ちんとかと仲良くしないで」

「え…?」



ぱちりと瞬く瞳が、どうして?、と訊ねてくる。

イライラするから、なんて言ったらまた怖がられるかもしれない。
何と答えればいいのか一瞬迷って、とにかく嫌だという気持ちだけ伝わればいいかと結論付けた。



「オレじゃない奴と仲良いの、見たくない。ゆあちんの笑顔、オレだけ見てたいから」

「………へ!?」

「だめ?」



駄目なら近づく奴らの方をヒネリつぶすしかないかなー、なんて考えながらゆあちんを見つめていると、勢いよく背筋を伸ばしたゆあちんの顔色がじわじわと赤みを帯びてきた。

それは、今まで見たことがなかった顔で。
ぎこちなく視線を逸らされても、それが気にならなくなるくらい可愛く見えて。



「…ゆあちん、好き」

「え、えっ!?」

「好きだから、黄瀬ちんと仲良くしないでね」

「え、う…ええ……」



真っ赤になってしどろもどろになるゆあちんを、もっと困らせてみたくなったりしたけど…。
あんまりやり過ぎるのも駄目だとも思うから、あと3分だけ。
3分したら何か、フォローを入れてあげようと思う。
嘘や冗談にだけは、絶対にしてやらないけど。
20120826. 

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