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50万打フリタイリク続編
少しずつ、季節は移り変わる。人の関係も似たようなものだ。
一つの明確な失恋から、凡そ一ヶ月と半月ほど経過しただろうか。私の憧れる二人は依然仲睦まじく、交際も上々といった様子だ。
悲しさや虚しさが全くないとは言えないけれど、それはいい。付き合い始めの恋人達の仲が良好なのは好ましいことだと思う。けれど、最近になって見え隠れするようになった親友からの計らいには、さすがに私も困惑していた。
「本当にごめんね…部活前なのに付き合わせちゃって」
「言い出したのは志賀だろう。みょうじが謝ることでもないのだよ」
別にこれくらいなら遅刻にはならないと、フォローを入れながら重い方の荷物を運んでくれている緑間くんには頭が上がらない。
私と親友が教師に与えられた用事を、片方だけとはいえ突然押し付けられたというのに、特に文句を叩かれもしないのが微妙な気まずさを助長した。
隣を見上げることができない。それもこれも、私の親友が変に張り切りすぎている所為だ。
何を吹き込まれたか、若しくは勘違いでもしているのか。自分がうまくいったのだから今度は私の番だとでもいうように、彼女は最近になってやたらと緑間くんと私を二人っきりにさせたがる。
もしかしたら、私が緑間くんを好きだとか、そういう勘違いをしているのかなぁ。若しくは、高尾くんづてに緑間くんの気持ちでも聞いたのか。
どちらにしろ、対処に困ることに変わりはない。
明るくていい子だけれど、少々突っ走るきらいのある親友だ。後で何かしら、訂正を入れておいた方がいいかもしれない。
「言っておくが」
「えっ…あ、はい」
「オレは別に迷惑してはいないのだよ。寧ろ都合はいい」
思考を読まれでもしたのかと、驚いて一瞬足が縺れそうになった。
姿勢を立て直しつつ思わず高い位置にある彼の顔を見上げれば、特に普段と変わらない瞳に眼鏡の奥から見つめ返されて、心臓が縮み上がる。
からかいの色を瞳に湛えたりはしない人だ。
分かっているから、揺らぎもする。
「他人にどんな思い違いをされていようと、みょうじの気を引ける時間は多いに越したことはないからな」
「…そ…そう、ですか」
「ああ。だがそれはオレの都合であって、みょうじの意思ではないことも分かっているのだよ」
暗に、親友の行動を止めるなと言われているのかと思った。都合がいいと語ったのは、彼の本心なのだろう。
けれど、続いた言葉には私の気持ちを尊重するような雰囲気もあって、戸惑わずにいられない。
結局、止めるべきなのか。このまま放置していいのか。
「私は、どうすれば…?」
「それを聞いていいのか? オレの勝手はみょうじの望みとは別だと思うが」
「…どう、かな。まだ私、あやふやなままで…そんな状態で変に騒ぎ立てられても、緑間くんに失礼かと」
はっきりとした言葉でなくても、気持ちは伝わるものなのだと、緑間くんを見ていて知ったことだ。
誰に対しても素っ気ない態度を崩さない彼は、私が泣いてしまったあの日から、分かりやすく私を特別扱いしてくれている。
困った時、落ち込んだ時、彼は彼の言葉通り、誰よりも早くに気付いて手を差し伸べてくれるようになった。今だってそうだ。私の負担を減らしながら、下心込みだ、と彼は自分で口にする。
警戒心を煽るような台詞なのに行動ばかり優しくて、中々言葉通りには受け取りきれない。
下心って、もっと汚いものだと思っていたから。
「都合がいいと言っているオレを気にしてどうする。それでは付け込めと言っているようなものなのだよ」
「…そうでした」
ああ、やっぱり、優しい人だ。
そう思ってしまうのは油断なのか、それとも傾きかかっているからか。
後者であればいいと、願うくらいには私も変わり始めている。
呆れたような態度にへらりと笑みを返せば、小さな溜息の後にほんの少し、彼の目元は和らいだように見えた。
「みょうじがいいなら、付け込むが」
「…うん」
「いいかどうかも、判っていないのだろう」
片手に荷物を移して、空いた手が伸ばされる。
軽く頭に触れてきた、そのどこかぎこちない手付きに刺激されて、身体の内側で震えるものがあった。
「オレも含め、勝手な人間ばかりだ。だから目を引かれたし、見ている内に好ましくも思ったが…好ましく思うからには、みょうじが損をするところを見たくもないのだよ」
「それは…緑間くんじゃなくても、いいってこと?」
「そこはそこでオレが一番損をさせないとみょうじに自覚させるのだよ。それならば問題はない」
「…それ、私の前で言っちゃうんだね」
「口にしても隠しても、やることは変わらない」
ああ、もう。困るなぁ。
潔く、ぶれない。冗談を言う人ではないから、緑間くんの言葉は口に出すほど強いのかもしれない。
陳腐な愛の台詞なんかより、よっぽど重く響く。身勝手なようで思いやりが滲み出ている。目の奥にじわりと、熱が溜まっていくのを感じた。
「みょうじはもっと、勝手になるべきだ」
例えばお前の親友や、高尾や、オレのように。美徳とは思うが自分を削ってまで清廉に生きる必要はない。
自分を勝手と称しながら、私の気持ちを疎かに扱いはしないくせに。そう、笑って返す余裕もない。
くしゃりと乱される髪をそのままに、引き攣りそうになる喉を抑えてただ頷くことしかできなかった。
私を我儘にさせようとする、この人を、やっぱり好きになりたい。
I want to have a place in your heart like you have a place in mine.消えてしまうまで奥深くに仕舞っておこうと、思っていたけれど。
いっそ外にばらまいてしまった方が、早くに風化してくれるかもしれない。
誰かを傷付けたくない気持ちで自分を傷付けてみても、それをもどかしく遣る瀬無いと言ってくれる人がいるのなら。
私は、少しだけ無神経になっても構わないだろうか。
「最近やたらと緑間くんとくっつけたがるけど…高尾くんに何か聞いたの?」
何だかんだと理由をつけて送り出したくせに、教室で帰りを待っていた親友にずばりと切り出せば、素直な彼女は分かりやすく焦り始めた。
「えっ! あー…えっと……」
「緑間くんの気持ちを、聞いた?」
「…なまえ、知ってたの?」
「知らなくてもあれじゃあ感付くよ」
あからさまだもん、と笑えば、ぐっと彼女が渋い顔になる。
「ごめん…なまえの気持ちは分かんないけど、私最近なまえといられてないじゃん。それで寂しかったりやな思いはさせたくないし、なまえにもそういう…相手いたらいいかなって…」
「…そっか」
「緑間はさ、ちょっと扱いがたいけど悪い奴じゃないし、和成も勧めただけあってなまえのこと大事にもしてくれてるし…いや、やっぱなまえの気持ち次第なんだろうけど。でも、お似合いだと思って」
「うん…彩子は私のこともたくさん考えてくれたんだよね。ありがとう」
段々と視線を下げていく親友に、まずはお礼を口にする。
勝手、と緑間くんは言ったけれど、それも私を想う一種の優しさであることは確かなのだ。
鈍感な彼女に罪はない。最初から向き合わなかった私も弱かった。
だから、今更怯えている。
大好きな人を傷付けることは、怖いことね。
「私ね、入学してすぐから好きだった人がいるの」
聞いたら、あなたは悩んでしまうよね。泣かせてしまったら、ごめんなさい。
だけど私も振り切りたい。置いていくことを、許してね。
彼女が狼狽えるまで、あと数秒。
痛む胸を抱えながらも冷静でいられるのが誰のお陰かはもう、私だってきちんと自覚している。
*
I want to have a place in your heart like you have a place in mine.
=私の心の中に貴方の居場所があるように、私も貴方の心の中に居場所が欲しい。20140508.