肌色のストッキングと着慣れないスーツ。シャツ以外はバッグも靴も黒という組み合わせは、気分が上がることはないけれど引き締まるものがある。
大学三年の冬となればこの装いにコートを重ねることも増えて、些細なことで落ち込んだりすることもできなくなっていた。



「さすがに、時間を作るのは厳しいですね」

「うん…難しい」



ふう、と溜息を溢すのはほぼ同時だった。
口をつけていたコーヒーカップをテーブルに下げる、彼の動作には特に普段と変わった部分はない。私は私で、紡がれた言葉をマイナスに受け取ることもない。
四年制の大学に通っていれば、卒業と就職の準備なんてぶち当たって当然の壁だ。忙しくなる前に心構えはできていたし、疎かにはできない。
後に回したって仕方がない事情なら、早めに向き合って解決するのが賢いやり方だと解っていた。

私も彼も、そこまで愚かな人間じゃない。



「解っていたことではありますし」

「うん」

「暫く、距離を置きましょうか」



人の話し声で満ちる喫茶店で、窓に近い明るい席で向かい合いながら口にされた言葉は、別段大きなものでもないのに不思議と耳に響く。
真っ直ぐにこちらを見据えるてくるテツヤくんの瞳は出逢った頃から変わらない透き通るようなもので、やっぱりそこには翳った感情は見当たらなかった。

だからこそ私も、何の不安も不満も抱くことなく頷くことができた。



「その方がいいかもね」



一月の外の空気は、とても冷たい。けれど室内には空調も効いて、飲み下すコーヒーも温かい。
外を歩く時に寒さを感じても、部屋に入れば暖はとれる。

それなら問題ないかな、なんて。
胸の辺りは強張るどころか弛みきっている。素直に首肯した私にほんの少し考えるように宙に視線を投げた彼は、再び目を合わせてなまえさん、と顔を傾けた。



「勘違いはしてませんよね」

「多分…してないんじゃないかな」



念のため、と微かに目力の強めるテツヤくんに対し、私の顔はそう硬くなってはいない気がする。

要は、関わり方を変えようという話。たったそれだけなのだと、解るから。



「優先すべきことがあるなら、そっちを優先しようってことで合ってる?」

「概ね合ってます。目先のことを疎かにするわけじゃありませんけど、ここで時間が止まるわけでもないですし」

「うん…解る。私もちゃんとしたいし、足を引っ張りたくないから」



大事な人を振り回したいとも思わないし、時間が流れるなら人も変化していく。
距離を置く、という期間が果たしてどれくらいのものになるのかは今すぐ把握できるものでもないけれど、それだって結局は一時のことだと知っている。
信じられる、と言った方が正しいかもしれない。
彼の気持ちも行動も、今更疑えるものでもないから、私は凪いだ気持ちで笑っていられた。



「メールも電話もできるし」

「たまには手紙を出したりするのもいいかもしれませんね」

「ふふ…なんか、遠距離恋愛みたい」



住む場所が変わるわけでもないのに、不思議な感じだ。
吹き出した私に釣られるように、彼の頬も弛められる。



「でも、時間があって会える時には会いますよ。顔を合わせた方が嬉しいのは変わりませんから」

「うん。足りない時間で無理して会わないってだけ、でしょう」



大丈夫。あなたの気持ちをふいにするような勘違いは、しない。
それくらいの信頼は既に染み付いているから、安心していい。

テーブルの上で遊ばせていた手をひっくり返して掌を表に出せば、空いていた彼のそれが指先で擽るように滑り込む。
柔く握りこまれたそこから伝わる熱は優しくて、向けられる眼差しも負けないくらい、慕情を訴えてくる。

これを疑えなんていう方が、無理な話だもの。



「できる限り頑張って、早めに終わらせますから」



そうでなければ自分が辛いし、堂々と傍にいられないからとテツヤくんは言う。
気持ちは私も変わらない。続く道も並んで歩いていきたいからこそ、例え彼が相手であっても遊び呆けるつもりはなかった。



「じゃあ、私も負けないように頑張るね」



私だって一人前の大人になる。隣を歩いても恥ずかしくないように。
不安や迷いの幾らかは、自分で抱えて解決していくしかないものだ。誰にも、目の前の彼にだって頼ってはいけない部分はある。
この先も隣で幸せを感じてもらいたいなら、今は自分の人生に手を抜いていい時期ではない。駄々をこねて時間を無駄にする方が勿体ないことだ。

寂しさを感じる予感は、そこまでしなかった。
文明の利器は日々進化していて、連絡手段にも困らない。顔を合わせて目を見て会話するのは大事なことだけれど、それだけが重要というわけでもないことは二人ともよく知っている。



「テツヤくんといられる時間に、ピリピリしたくないしね」

「弱音くらいは吐いてくれてもいいですよ」

「うん。落ち込んだ時は声が聞きたくなりそうだから、励ましてください」

「折れそうになら活を入れますけど…なまえさんも自分には厳しいですからね」



寧ろ、息を抜けと声を掛けることの方が多そうですね。

冗談めかした言葉は私の中身をよく知っていて吐き出されるもので、苦いんだか擽ったいんだか判らない気持ちに笑みが溢れた。








You don’t have to say a word for me to feel your love.




遊ぶように、可愛がるように、なぞって絡められる指のお陰で胸の内側に熱は灯る。
距離が開いてもこの熱は燻り、残り火が吹き消されることはない。

ざわめく喫茶店の片隅にいても、とくりとくりと脈打つ心音は耳に届くようだった。
暫くは会う時間も減りますねと、柔らかな声音が囁くように呟いたのも、しっかりと拾えた。



「今日はずっと、一緒にいましょうか」



寂しいと思う気持ちは強くはないけれど、傍にいたい気持ちは溢れるほどにある。
掌を重ねるように繋いだ手が、少しだけ引っ張られて彼の頬にくっつけられる。

それだけで、いつまでも慣れない心臓は引き絞られて苦しがった。
私の答えを察して微笑む、彼に敵う日が来る気がしない。

うん、と頷き返した声は、掠れて届いたかも曖昧だ。



「一緒に、いたいです」



離れることを怖がる気持ちは、優しく包んでくれる別の気持ちに隠されて消える。
傍にいられることを、悦ばしいと、愛しいと。それが全てだと思わせてくれる人が、何度だってこの手を取ってくれるから。

怖いことなんて、何もなかった。



 *

You don’t have to say a word for me to feel your love.
=何も言わなくていいよ、あなたの愛は感じている。


20140425. 

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