間に空いた、拳三つ以上の距離。それが二人の間においての至近距離の限界だったのは、一年ほど前のことになる。



「赤司くん…これ」



しっかりと指を絡めて握り締められた右手を少しだけ持ち上げれば、鈍くも速すぎもしない絶妙な歩調を保っていた彼が僅かに振り向いてこちらを見下ろしてくる。
いつ見ても印象的な瞳に押し負けそうになるのを堪えて、このままで行くの?、と問い掛ければ、和らげられていた目元が少しだけ見開かれた。



「嫌なのか?」

「い、や…というか…皆に見られるよ」

「見られてまずい関係でもないだろう」



名実共に恋人同士なのだからと、言い切る彼の態度は堂々としたものだ。
確かに、まずい関係でもなければおかしなことをしているわけではないのだけれど。
何となく落ち着けない気分になるのは、きっと仮初めの関係の頃にはこんな風な接触を誰かに見せびらかしたりはしなかった所為だと思う。



「皆、驚くかも」

「別に驚かれても構わないよ。なまえが嫌がるなら問題だが」

「…嫌じゃないけど」



嫌なわけがない。
隙間なく重なる掌と甲を滑る指の感触には慣れても、じわじわと胸に込み上げてくる熱には未だ踊らされてしまう。

言葉の真意を悟ったのか、再びふわりと表情を弛めた本物の恋人はそれならいいんだ、と口角を上げた。



「これを見せびらかせるのなら、僕も悪い気はしないからな」









春の長期休暇を利用して里帰り中だった私に連絡を入れたのは、同じタイミングで本宅に帰省していた赤司くんだった。
何でも久々に帝光時代のレギュラー面子とゆっくりと顔を合わせたいとのことで、忙しい予定を調整して全員に声を掛けたらしい。
一介のマネージャーという立場で参加していいものかと少し迷ったものの、慣れ親しんだ顔触れではあるし、何より親友であるさつきも参加するとのことだったので、それならばと私も予定に乗っかり。
来る今日、わざわざ家まで迎えに来てくれた彼に手を取られて、待ち合わせ場所へと向かっていた。



「あ、赤司っちこっち! みょうじっちも久し振りっスねー!」



休暇で激しさを増した人込みの中でも、上背のあるメンバーはとかく目立つ。
待ち合わせ場所にされやすいとボヤいていた紫原くんだけでなく、嘗ての仲間が揃っていると見落とす方が難しかった。
駅から少し離れた場所にある石像前には、既に馴染みの面子が集っている。こちらに気付いて手を振ってきた黄瀬くんに同じように返そうとした時、しかし彼らの陰から飛び出してきた存在に飛び付かれて動きは止まった。



「なまえーっ!」

「! さつきっ! 久し振り」



勢いよく抱き付かれてよろめくかと思えば、繋がれたままだった手がそれをカバーしてくれる。
ありがとうと言葉にする前に視線を向ければ、抱き付かれたままの私を見た彼も頬を弛ませた。



「久し振り! って冬休みにも会ったけど…今日は赤司くんも一緒だねっ」

「うん。せっかくだから…時間遅れちゃったかな、ごめんね」

「そんなのいいよ! それより、本当に…仲良さそうでよかったぁー…っ」



手元から目線を上げ、私と彼を見比べるようにするとほっと息を吐き出す、親友の表情は安堵の一色に染まる。



「また、なまえが苦しんでないかって…やっぱり自分の目で見て確認しないと分からないから、心配してたんだ」

「さつ…」

「桃井」



背後の男子陣には聞こえないよう、ボリュームを落とした声が紡いだ台詞に、苦笑する暇もない。
私の呼び声は隣から被さってきた声に押し消された。



「中学時代、なまえを利用したことを謝りたい。すまなかった」

「っへ、え? 赤司くん?」



安心して笑おうとしていたところに呼び掛けられ、そのまま謝罪を紡がれた親友は一瞬にして目を瞠るとびくりと身体を跳ねさせる。
私も驚きはしたけれど、少しは赤司くんの唐突な言動にも慣れてきたのかもしれない。半ば固まりかけて彼を凝視するさつきよりは、余裕をもって状況を追えた。

さつきは私と赤司くんが仮初めの関係であった当時から、私の気持ちを知っていたたった一人の女友達だ。沢山心配を掛けてしまったし、もうやめてしまえと引き止められたこともある。
赤司くんにそのことを語ったことはないけれど、聡い人だから語感から読み取ったのだろう。

だが、と続ける口振りはほんの僅か、硬く響いた気がした。



「今の…いや、昔からだな。僕は誰より、なまえを大事に想っている。漸く胸を張って言い切れる関係になれたからには、もう悲しませも苦しませもしない」

「え、あ、うんっ…! えっと…私はなまえの家族でも何でもないから、あんまり偉そうなこと言えないけど……」



元々順応性は低くないさつきは、赤司くんからの突然の謝罪にもすぐに背筋を伸ばして何度か頷いた。
それから、私から身体を離すと真っ直ぐに彼を見上げて口にする。



「ただ、もう…泣かせないであげてね。私それだけは、赦せないから」



赦せなかったから、と。
彼女に似合わないくらい低い声音で出された言葉に、赤司くんの方は驚く様子もなく、息を吐くように笑みを溢した。



「ああ。肝に命じておく」



申し訳なさと嬉しい気持ちが交錯して、私は結局何も口出しできなかったのだけれど。

当事者を置き去りに投げ合われた会話は一旦そこで終了して、待ちくたびれた男子メンバーがぞろぞろとこちらにやって来る。
遅刻への文句や自分達を放置して何を話していたのかと突っ込んでくる人間もいる中で、たまに力を入れて繋ぎ合う手の存在を、指摘する人はいなかった。








I love you more than you'll ever know.




「おい赤司てめぇまた呼び出しといて遅刻かよ」

「ま、まーまー抑えて! とりあえず皆集まったし騒ぎそうだからファミレスにでも入るかって話してたんだけど、二人はそれでいいっスか?」

「うん、いいよね…?」



怠そうに眉をつり上げる青峰くんと相変わらず何だかんだとフォローに入る黄瀬くんに、遅刻してしまったことを少し申し訳なく思いつつ頷いて隣を確認する。
私の視線を受けた赤司くんも、構わないよと頷いた。



「じゃあ移動しよ! みょうじっちとちゃんと会うの久し振りだし、席隣予約しても」

「駄目だ」



しかし、和やかだった空気が一瞬にしてひやりと冷える。
切れ味の鋭い刃物のような声を、久々に聞いた気がする。仰ぎ見た彼の表情は硬くはなかったけれど、微かに苛立ちが感じられた。



「…えっ?」

「なまえの席は僕の隣だ」



いいな、と微笑む裏から、有無を言わせない圧力を感じる。
つい手先から力を抜いてしまった右手は、今はぎゅう、と握り締められていた。



「いいか涼太、それから真太郎もだ。緊急時以外、これからはなまえの半径一メートル以内には踏み込むな」

「は…はいぃっ!?」

「なっ…突然何を言い出すのだよ赤司!」



呆れたように傍観していただけの緑間くんにまで、その目は向けられる。
まだ私の傍にくっついていたさつきの口から、うわ、と微妙な声が漏らされたのも聞こえた。



「友人関係なら一メートルあれば充分だろう。男女間であれば尚更な。何か、不満を唱える理由でもあるのか?」



明らかな警戒、敵愾心を露にする赤司くんなんて、普段そうそう見れるものでもない。
貴重な面だけれど、止めた方がいいだろうか。迷う私に、彼の追及から免れた面子が気にせず近付いてくる。

お久しぶりです、と丁寧な口調で話し掛けてきたのは、今もまだ目で追って探すのが難しい黒子くんだった。



「うまくいったようで何よりです。おめでとうございます」

「あ…うん。ありがとう…」



何だか、面と向かって祝われると照れる。

黒子くんも、高校に進んでからいい仲間に恵まれたようだけれど。そのことを指摘すると、穏やかな顔で肯定された。
ぎこちなくなって壊れていった過去を完璧に払拭できるわけではないけれど、こうしてまた気分よく話ができるようになってよかったと思う。

それも、私の場合は暗躍者がいてくれたからなのだけれど。
ばりぼりと今日もお菓子を口から離さない高身長を見上げて、苦笑は絶えない。



「紫原くんも久し振り…その節は騙してくれてありがとう」

「わー刺々しー…てゆーか、そこはオレ褒められるとこじゃないの」



刺々しいと言いながら、その口元は笑っている。
今になると有り難い手助けだったとは思うけれど、当時の私の驚きは並大抵のものじゃなかったのだ。ほんの少しくらい恨みたくなる気持ちも拭い去れない。



「敦には感謝しているよ。なまえを誘導してくれた礼に、土産もしっかり用意してきた」

「やったー赤ちんさすがー」

「赤司、まだ話は終わってないのだよ!」

「そっスよ! てか、そっちはいいの!? 何で今更オレらだけ遠ざけられてんスか…!」



こちらの会話に赤司くんまで加わってきた所為で、弾かれた二人がヒートアップしている。
しれっとした顔で紫原くん用のお土産を手渡した彼は、よくはないさと肩を竦めた。



「お前達よりはましなだけだ」

「…本当に大人気なくなりましたね、赤司くん。余裕がなくなったといいますか」

「ああ、そうだな」



黄瀬くんはともかく珍しく騒いでいる緑間くんにまで、うるせぇ、と青峰くんが怒鳴りだす。
何とも妙な光景に突っ込むこともできずにいる私の気を引くように、硬い指先がとん、と手の甲を叩いた。



「余裕なんて、欠片もないよ」



一瞬だけ重なる視線と、そこから伝わってしまうものに、自惚れる心臓がどくりと跳ねた。



 *

I love you more than you'll ever know.
=あなたが思っているより、はるかに愛しています。


20140424. 

△ |
back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -