いつも思うことではあるが、彼女は自分の魅力に酷く鈍感だ。

オレの手の中で軽くウェーブを描く艶やかな黒髪。その触り心地を堪能していると、黙ってされるがままになっていたなまえの首がくい、と反らされた。



「終わったなら勉強、しないの?」

「うん。もう少し」

「辰也くんそれもう十分くらい言ってるよ?」



静かに勉強したいって言ったのに。

できる限り一緒に過ごすための口実を本気で信じて部屋にまで上げてしまうなまえは、それを狙ったオレが言うのもなんだが本当に危なっかしい。
試験期間内の休日を狙ったというところも大きいが、それにしたって両親のいない時間帯に恋人を連れ込むなんて、何をされても仕方がない状況だと思うが。



(本当、可愛いな)



付き合う寸前はあんなに警戒していたのに、付き合いだしてからのなまえは途端にガードが緩まった。
オレの行動を受け入れようとする姿も、懸命に愛情表現を返そうとする姿も、これまで以上に彼女に入れ込んでしまうには充分な威力を持っていて。
嵌まりこんで、抜け出せそうにない。それは本望でもあるが。

彼女の持ち物の中で特に気に入りに入る長い髪を弄り、手に取った一房にキスをすればじっとこちらを見つめていたなまえの頬がじわりと染まる。
それがまた食べたくなるぐらい可愛らしくて、ついつい伸びた腕でその腰を引き寄せて抱き締めれば、居心地を正すようにもぞもぞと身動ぎした彼女は最終的にぴったりと腕の中に収まってくれた。

ああもう、本当に可愛いな。



「辰也くん、勉強する気なさそう」

「そうだな…なまえが目の前にいるとどうしてもね」



構いたくなって仕方がないんだ。

自分の手で巻いた髪、自分の所為で染まる頬、自分の好きに閉じ込めてしまえる身体。
どうしても欲しかったものが手に入って、浮かれている自覚はある。人目を気にしなくていいとなれば、我慢も効かなくなるというもので。



「私も勉強できないんだけどな…」



もごもごと、小さな不満を口にしながらも決して突き放したりはしないなまえの顔は益々赤みを帯びて、本気で嫌がってはいないのが判る。
抱き寄せた時点でペンを捨てて自由になっていた両手は、弱々しくもオレの背中に回された。

そんな反応をされると、湧き上がる欲望を引っ込められなくなるのも仕方ないだろ…?



「なまえが可愛すぎるのが悪いよ」

「…辰也くんは本当に一回脳波に異常がないか確かめた方がいいと」

「ん?」

「ひぇ…何でもないです」



ずい、と満面の笑みを近付ければ、強張る細くも女性らしい柔らかさを備えた身体。
それだけでも男を刺激するには充分過ぎるのに、未だ自分の魅力に気付いていないなまえは長い睫毛を震わせて瞬きを繰り返す。

照れて、どうしていいか判らないといった表情。
垂れる眉も色付く頬も、必死に見つめ返してくる瞳も…溜息が出るくらい可愛い。
最初から口実でしかなかった勉強は、後でいくらでも取り戻せる。その判断で簡単に切り捨てられた。

壁に掛かった時計の短針は、三と四の間に収まっている。



「ねぇ、なまえ」

「う、ん?」



空いた手で頬の熱をなぞりながら、囁く自分の声が低くなる。
違和感を感じたのか、僅かに距離を開けようとした彼女を引き留めながら、笑うオレは恐らく穏やかな目はしていなかった。



「ご両親が帰宅するの、何時だったかな」

「………五時半、以降…?」

「ああ…そうだったね」



じゃあ、わりと時間はあるかな。

そんな呟きを落とした瞬間、背中に回されていた手が離れる。
それとほぼ同時に窄まる唇に噛み付けば、腕の中の獲物はびくりと大袈裟に震え上がった。







狼まであと何秒?




鈍くて可愛い彼女の危機感が、薄過ぎたのが運の尽き。
舌先から繋がりを深めながら、混乱に波打つ身体を抱き締めなおした。

こんなに美味しい状況で、捕食しない獣がいるものか。

20130701. 

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