50万打フリタイリク続編




例えば、聞こえないほど小さな声を面倒くさく思ったり、誰にでもビクビク怯えている姿をうざったく思ったりすることはあれど、好意的に捉えていたわけじゃない。
ただ、気に入らないからといって無理な仕事を押しつけるのはまた話が違うだろうと、それだけの考えとほんの気紛れで起こした行動が、予期していなかった事態を招いてしまったが。

一年からレギュラー入りしてきた生意気な後輩の幼馴染み、みょうじなまえというマネージャーはどうやら酷く単純というか純粋というか、本能的であるらしく。
本当に気紛れで起こしただけの行動一つで、今までのおどおどとした態度を忘れたかのようにオレに懐きだした。

それはもう、懐かれていることを疑いようもなく確信できるぐらいに。



「数学、か」



試験期間中の昼休み、無駄な時間を過ごすまいと訪れた図書室の片隅、机にしがみつくようにして筆記具を広げていた小さな背中越しに覗き込むと、集中していたらしいその肩が跳ねる。
ぱっと勢いよく振り向く様は小動物のようで、大きく見開く目が面白くはあった。



「へ……っ! 宮地先輩…っ!?」

「声」

「あ、う、すみません…こんにちは」



驚いたくせに、振り向いたその目でオレを確かめるところりと相好を崩す、その反応も。
幼馴染みの後輩がやたらと過保護になるのが解る程度には、悔しいが可愛いと思う。
この分かり易すぎる好意を邪見にできるか。無理だろ。

オレに懐きかかってからよく笑うようになって、部活でも他人とのコミュニケーションがうまく量れるようになってきた。若干引き気味ではあれど、自分から動き始めているところを見せられたら、それはツボにも入るというもので。
別に特別優しくしてやったつもりはなくても、考え方を変えさせられたりもする。

オレも大概単純じゃないかと、空いた左隣の椅子を引いて座りながら聞こえない程度に嘆息した。



「計算間違ってる、ここ」

「えっ、あ…あれ? えっと…」

「公式理解できてねーんじゃねーの、お前」



ごっちゃになった数式の並ぶノートを指で示すと、今まで笑っていた顔が一瞬で真剣な目に変わる。
それなのに動かない右手のシャープペンと小さな唸り声を聞いて言い当てれば、ぐ、と喉を詰まらせたみょうじは情けなく眉を下げた。



「…い、一回は解ったんですけど…ちょっと、復習しようと思ったら忘れてて…」



なるほど、要領の悪いこいつらしい。
一応努力しているのは分かるから呆れはしないが、どこまでも損しそうなタイプだと改めて思った。

何かと要領のいい幼馴染みとは一緒に勉強はしないらしい。自分以外のペースを崩させたくないというその考え方には好感は持てたし、ここで見放すほどオレも冷たくはない。
仕方ないかと自分のテキストは机に放り出したまま、腰掛けていた椅子を引いて深く座り直した。



「で? どこが解んねーわけ」

「へ」

「今解らないとこ言えば教えてやる」

「! ほ、ホントですか…!」

「だから声でかいっつの。轢かれたいのお前?」

「うあ、ごめんなさい…」



つい荒くなる口調に一瞬自分が動揺しそうになって、苦虫を噛む。そんなこちらの心境も知らずに、本人も気付かないうちにメンタルを鍛えられつつあるみょうじは期待に輝いた目で見上げてきたかと思うと、すぐにまたはっと息を飲んだ。

顔の動きが忙しくて、眺めていて飽きがこない。



「あっでも、先輩も勉強しに来たんですよね? だったら、そんな迷惑は…」



ちらりと机に目をやって、分かり易いほどに肩を落とすこいつは、狙ってやってないから本当に厄介だ。

言ってねーだろ迷惑なんて。
堪えきれず吐き出した溜息に不安そうな顔をするみょうじの頭に、持ってきた手をぐしゃぐしゃと動かす。言葉にならない声を上げて驚きを露わにするそいつに、違う意味で溢れそうになった溜息は飲み込んだ。



「いーんだよ。オレは賢いから」



解ったらさっさと質問してこい。

乱れきった髪から手を離して言い放てば、呆然とするみょうじの顔色がみるみるうちに赤くなっていく。
それと同時にこれ以上ないくらいに頬を弛ませられれば、まんざらでもない気持ちにもなるというものだ。






無意識のゼロセンチ




思わず手を伸ばしたくなるくらいには、絆されている自覚はある。



(…ありがとうございます)
(おー)
(宮地先輩は、やっぱり優しいです)
(無駄口叩いてないで勉強しようなー。間違ったら抓る)
(!…が、頑張ります…)

20130701. 

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