続いていた会話が途切れ途切れになって、最後。ふわふわとした声が返ってこなくなったかと思うと身体の右半分に軽い衝撃がきて、見下ろしてみると甘そうな色の旋毛が見えた。
「…なまえちん?」
寝ちゃった?、と一応確認をとってみる。見れば判ることでも、一応。
返事が返ってこないということは、本当に寝てしまったらしい。中途半端に寄りかかってつらそうな体勢をちょっとだけ浮かして正してあげると、俯いていた顔が少しだけ見えるようになった。
(可愛い)
夏場の合宿は部員は勿論マネージャーもかなり忙しかったから、疲れが溜まっていたのかもしれない。温度調整の効いたバスの中は快適で、すやすやと聞こえる寝息は隣に座るなまえちんだけのものというわけでもなさそうだ。現に大きないびきをかいている奴も中にはいる。
調整された冷房はそこまで涼しすぎることもないから、くっついた部分からじわじわと熱が生まれてくる。気持ちよさそうな寝顔をじっと観察しながら暑くならないかな、と少し心配になった。
オレはいいんだけどね。暑くても、くっつかれるの嬉しいし。
(柔らかい)
食べかけのお菓子と無防備な彼女の寝顔、どっちが気になるかといえば勿論後者で。
つい、伸びた手はふにふにとした頬を突いた。オレの力だと加減が判らないから、なでるくらいのものだけど。
合宿中に少しだけ日焼けした肌は、それでもまだ白い。眠っているのをいいことにその感触を覚えていると、寝息と寝言の中間点のような声が漏れたりして。なんだかいけないことをしているような気分にどきりとしつつも、欲が出る。
「ん…う」
「…起きないよね」
本当に、本当に触ったらまずいところには触らないけど。でも起きていたら絶対恥ずかしがって長くは触らせてくれないから、少しぐらい許してほしい。
柔らかすぎる頬や小さな耳、さらさらと指の間を抜けていく髪、それから細すぎる首。全部オレの手で掴めてしまうから危うくて、だから余計に可愛い。
(あー…もう)
触りたいなぁと、どうしても頭をもたげる本心を振り払う。
許されるのなら本当に、その身体の形を覚えられるぐらいには触りたい。けど、安心して眠っているなまえちんにそんなことができるわけはないし、そもそも眠っているのが大半とはいえ周りに人がいる。起きているなら尚更無理に決まってるし。
まだ早い。多分、まだ、もっと近付かないとこの子は怖がってしまうから。
オレの肩に少しだけ乗っかる頭に顔を埋めて、唇をくっつけた。
眠るきみに秘密の愛をまだ、まだずっと我慢するから、これくらいは許してね。
20130701.