ああ、まただ。
培ってきた観察眼は伊達ではない。隙を窺うような視線を感じた先から近づいてくる男の姿を確かめて、密かに眉を顰める。
隣を歩く彼女はそちらには気付いていない様子で、こちらの顔色を窺うと首を傾げた。
「テツヤくん? どうか…」
「ねぇ、ちょっと君」
「え?」
「今から時間ない? 一緒に遊びにとか、どうかな。もちろんオレの奢りで」
ずい、と横から割り入ってきた(本人にはそのつもりはないのだろうが)見知らぬ男に、反射的に振り向いた彼女の肩が揺れる。
普段から人を大切にし過ぎる性分の所為でぞんざいな対応ができないのだろう。戸惑いながら拒む言葉にも声にも、力はこもらない。
「あの、すみません、そういうのは…」
「あ、警戒しちゃってる? 大丈夫だよ、ホント遊びに行くだけだし!」
「いや…えっと…」
「すみません。先約がいますので」
「へ? うわっ!?」
自分の体質が憎くなるのは、こんな時だ。普段の生活や部活中では役に立つことのある存在感のなさが、自由に操れればどんなに便利だろうかと思う。
今だって、隣に並んで歩く姿を感知さえされていれば、彼女は絡まれることもなく困惑せずに済んだはずだ。
ぎょっとした顔でボクを捉えたその男を、じっと見返すとその頬が引き攣っていく。
人相は悪くもなく、質の悪いタイプでないことはなんとなく判った。
判ったからといって、好ましくはないが。
「い、いつから…あ、いや、彼氏いたんだ。ごめんね!」
「えっ? あ…」
焦り気味に離れていく男に、最後まで明確な言葉を返すことのできなかったなまえさんは、うろうろとさ迷わせていた視線を漸くこちらに返してくれる。
態勢がついていない彼女は本当に純粋だと思う。けれどふとした時にその長所につけ込まれそうで、見ていてとても危なっかしい。
「あの…テツヤくん、ありがとう。ごめんね、何か勘違いされちゃって…」
「それは別にいいんですけど」
「う、うん?」
「なまえさんはもう少し、周囲を警戒した方がいいですよ」
彼女の優しさは美徳ではあるが、それで彼女自身が面倒を被るのは喜ばしくない。
ぱちりと瞳を瞬かせるなまえさんは何故かすぐに表情を弛めて、小首を傾げた。
「うん。でも、今はテツヤくんがいるから」
だから大丈夫、と微笑まれると、返す言葉が見つからない。
寧ろ目の前のボクですら害になる存在かもしれないのに…とは、一欠片の疑いも持っていない様子の彼女には、流石に言い出せそうもなかった。
誰にでもスキだらけ(…ボクも男なんですけど)
(? うん、そうだね)
(……まぁ、いいか)
(?)
20130701.