高校の入学式の日に再会してから、赤司くんは変わったと思う。

空いた時間には自分から私を探し始めるし、忙しい時も限界まで予定を開けて時間を作ろうとする。それも無理な時は夜眠る前に必ず、電話が掛かってくる。
練習試合の打ち合わせ等で顔を合わせられなかった日、ベッドに入ろうとした瞬間に鳴り響いた携帯とディスプレイに表示された彼の名前を見て、どれだけ驚いたか。
しかも何かの用事かと身構えてみれば、声が聞きたかっただけだと告げられた時の衝撃は、到底言葉にして表しきれるものではない。

これが中学時代なら熱でもあるのか、鬼の霍乱かと騒ぎ立てられるレベルだ。
予想外のマメさに正直どんな風に対応したものか、私にはもう判らなくて。
毎日が戸惑いに溢れてしょうがない。
もうずっと、冷静さを保てない。

どうしたってあの赤司くんが私のために時間を割くなんてそれだけでも信じ難いし、恐れ多すぎる。
二年間という月日で染み着いた癖は中々抜けきれず、本物の恋人同士になってみれば余計に接し方に迷ってしまうのが現状で。

好きだと言われた。でもそれも、都合の良い人間でいるための私の嘘を、好んでくれたんじゃないか。
なんて、彼に限って見破れないはずがないことを知っていても、疑わしく思ってしまう気持ちも消えないから。



(だから、今も)



どうしていいのか、判らない。

クラスに現れた彼に、唐突に手を取られて教室から引きずり出されたかと思えば、休み時間の喧噪を遮るように鍵の開いていたらしい空き教室に連れ込まれて。
そしてそのままそっぽを向かれ無言でいられても、私にどうしろと言うのか。

繋がれたままの手には、らしくもなく力が込められている。どれくらいの強度で私が痛みを感じるか、それも計算できているはずの彼なのに間接が悲鳴を上げているのは、これは私が何か粗相をしてしまったということだろうか。



(どうしよう…)



謝っておくべき?
でも、理由も分からずに謝るなんて、余計に機嫌を損ね兼ねないような…。

だけれど正直なところ、握り締められた手が痛くて、今すぐ力を弛めてほしいのも本音で。



「あの、赤司く‥」

「…すまない」

「ん、え?」



切実な指の痛みに、こうなったら機嫌を損ねる可能性も飲んで声を掛ければ、私のその声は理由の分からない謝罪に遮られた。
その衝撃に、一瞬痛みさえ忘れて固まりかける。

赤司くんが謝った。
どう見ても、機嫌が悪いのは彼の方なのに。

吐き出された言葉に狼狽る私に、漸く向けられた視線はやはり、険の強さが抜けきれていない。
思わずまた強張りかける私の身体に気づいたのだろう。彼は軽く眉を顰めながら、溜め込んだ感情もろとも吐き出すように嘆息した。



「違う。なまえが悪いわけじゃない」

「…が、ってことは、私やっぱり何か気に障ることを」

「だから、違う。…堪え性がないな」



何か、悪いことをしたのは自分だとでも言うように伏せられた瞳に、驚く。
赤司くんのそんな顔を見たことなんて、二年間の関わりの中でも一度たりともなかった。
彼はいつだって自信に溢れていて、間違いを犯すこともなくて。

それなのに、こうなって初めて私の前に晒された彼は、私の勝手なイメージよりも人間味に溢れている。
そう。それを感じることが増えていくから、どうしていいのか判らなくなるのだ。

全ての絶対であった赤司くんが、私一人のために人としての弱みを見せるから。



「他の男に…いや、女でも。僕よりも笑いかけてほしくない」

「……赤司、くん」

「なまえは、僕の前では中々力を抜いて笑ってくれないだろう。だから」



嫉妬した。

その言葉に、耳を疑った。
思わずまじまじと見入ってしまったその表情に、大きな変化はない。けれど。
ほんの僅か、伏せられたその綺麗な両目の奥に、未だ残る苛立ちを垣間見たような気がして。



(私)



どうしよう。
どうすれば、いいの。
こんなに人らしい感情を、少しでも剥き出しにしてしまうようになった、彼を。

私は、こんな風に近い場所で、見つめてもいいの…?

胸を打ち破ろうとする心臓が痛い。込み上げる背徳感にも似た熱に、肺が満たされて息苦しい。
どうしてか涙腺を押し上げてくる感情の波を、目にした彼の肩が小さく震えるのが見えた。



「なまえ、」

「ちが‥うの。ごめん。私…」



私は、喜んでもいいのだろうか。

彼の中を支配して、変えてしまうことを、喜んで受け入れてしまっても。
手の届かないものを汚すような罪悪感。それを上回る熱情を、赦しても。

判らない。
でももう、嫌だなんて思えるわけが、なくて。



「好き…だから、嬉しく、て」



ごめんなさい。

手の届くはずのない人を、おかしくさせて、手に入れて。
それで幸せを感じることが申し訳なくて、口にしようとした謝罪は強く強く押しつけられた、彼の胸の中で溶けて消えた。







指と指、離れる瞬間




腕を伸ばして抱き締めて、私を閉じこめようとする。あなたはもう二度と、戻れないのでしょう。

20130115. 

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