今日も今日とて一時の趣味に走り、クラスメイトにして友人でもあるゆっちゃんの爪にラメやらラインストーンやらを散りばめている最中。
ふと湧き上がった疑問はやはりというか、何の関係もない突拍子のないものだった。



「ゆっちゃんやい」

「なになまえ、全部の爪終えるまで飽きたとかは聞かないわよ」

「さすがに中途半端な状態で飽きたりはしないから大丈夫だよ。じゃなくて、ちょっと疑問が出てきたので訊きたいのですが」

「よきに計らいなさい」

「有り難き幸せ。そいじゃあ問わせていただくよ」



恋と愛って、どう違うの?

レバニラとニラレバって何が違うの?、くらいのテンションで口にした疑問に、空いた片手で携帯を弄っていた彼女の動きが止まった。
そしていかにも面倒くさそうなげっそりとした顔が振り向くものだから、私は何か地雷でも踏んでしまったのかと身構える。

ゆっちゃん、その顔女子的にアウトラインですよ。



「何言い出すかと思えば…そーゆー話題は彼氏に持ちかけなさいよ。爆発するから」

「え、私爆発期待されてるの?」

「氷室くんならその手の質問にもスマートに答えてくれるんじゃないの」

「さらっと流したねゆっちゃん…」



けっ、とそっぽを向いて笑顔にもならない皮肉びた表情を浮かべる友人は最早女らしさの欠片もない。

これじゃあ爪だけ綺麗にしても意味がないよなぁと思いつつも、言わぬが花。お口は災いの元なので無駄な言葉は心の中で消化することにした。



(しかし、彼氏か)



未だにその呼び方には慣れないし、恐れ多いと感じるほどの美貌を誇るその顔を思い浮かべて、ううん、と唸りを上げる。

周囲が語るほど彼に余裕があるかと言えば、そうでもないような気がするけれど。あれでいて、中々可愛い人だとも思うし。
でも確かに恋愛経験的には貧しくはないだろうから、面白い答えが返ってくることがないとも言い切れない。



「…まぁいいや。覚えてたら訊いてみるよ」

「へいへい、好きになさい」

「わーい、投げ遣りだ」



リア充の行く末なんか知るか、と舌を出す友人にはそれ以上話題を引き摺らず、とりあえず私は目の前にある爪を飾り付ける作業に集中することにした。






 *



しかし私は甘かった。
そう、体育館付近のベンチの上で膝を抱えて蹲りながら、思った。

そう、私の性質をよくよく考えれば、一度気になったことを忘れて他に移れるような器用な作りはしていないのだった。
少し頭を使えば分かったはずのことに放課後になって漸く気づいたのは、友人と話をした昼休みからその後の時間を全て思考に当てていたからに他ならない。

疑問が浮かんだ時点で答えが一つではないことなんて理解できていたのに、それでも考えるのを止められないというのは本当に面倒な性分である。



(愛してる、とは口にしても恋してる、とはしないんだよ…)



それはつまり恋は伝達するための何らかの要素が欠けているとか、そういうことなのだろうか。
若しくは一緒くたに扱われることが多いにしろ本来は別物で、抱く感情を恋、吐き出すものを愛と呼ぶのか。
それとも単純に気持ちの比重や価値度が異なるから名称が変わるのか。感情の微妙な差異で変わるのかもしれない。

一人で思考を膨らませたところで、どれもこれも正解にはならない。間違いもないのかもしれないけれど、判断材料もない。
こんなものに答えはないし、どうせ自分では納得するものを導き出せないことだって解っているのだ。
解っていても、止められないだけで。

それにしても寒い。そろそろ頭の中が寒いという単語で埋められて思考を塗りつぶしそうなくらいには寒い。
吹きすさぶ北風に更に身を縮めながら時計を確認しようとした時、もの凄く焦ったような聞き覚えのありすぎる声に鼓膜を震わされた。



「なまえ!」

「うあ?…あ、お疲れさま。部活終わっ‥」

「本当に外にいるしっ…待ってるにしても教室とか、暖かい場所にいないと駄目だろ! 風邪ひいたらどうするんだ!」



最後まで言わせてもらえなかった。
それどころか再会早々お叱りを飛ばされて、寒さとはまた別の意味で身を縮こまらせたくなる。

美人の怒り顔は迫力がある。無論、目の前まで来て眉を吊り上げている彼も例外ではない。
こういう時の彼が心配から怒っているというのは解るから、申し訳なさも相まって素直に頭を下げることしかできない。

いや、本当にね。こんなに寒いのに外で考え事とか、頭がどうかしてると自分でも思うんだけども。



「ごめんなさい…。あのでも、訊きたいことがあって…気になったら訊ねるまでの一分一秒でも惜しくてですね…それで早く会うためにもここで待っていたというか…」

「いくらでも答えるし逃げないからまずは自分を気遣ってくれないと困るよ」

「……はい」



ノンブレスで丸め込まれた…。

そりゃそうですよね。うん。言い分は尤もだ。しかし説得も中々に必死だから、抑圧される分余計にむくむくと疑問が遡ってくる。

どうしよう。どのタイミングで訊ねれば聞いてもらえるだろうか。
結局懲りない自分に呆れた気持ちがないではないが、それよりもやはり気になることは気になってしまうわけで。

彼の機嫌の収まりを計ろうと再び顔を上げてちらりと表情を窺えば、深い溜息と共に下りてきた手に、思わず姿勢を正し直したことにより膝の上にあった私のそれをすくい上げられた。



「わー…すごい。あったかい」

「さっきまで動いてたからね。全く…こんなに冷たくなるまで外にいるなんて」



信じられない、と肩を落とす彼だけれど、温もりを分け与えるように指先から握り込む手つきは優しい。

そこから流れ込む熱にほう、と白い息を吐き出した瞬間に、頭のどこかでかちりと、ピースが綺麗にはまったような感覚がした。



「あ……解ったかも」

「え?」



解ったというか、納得いく答えが見つかったというか。
彼に訊ねるまでもなく、それでも彼がいなければ辿り着けもしなかったであろう答えに、自然と頬が弛む。

何の話かも解らずに首を傾けた彼の目には、謎が解けて満面の笑みを浮かべる私が写ったことだろう。



「私が辰也くんに向けるのと、辰也くんが私に向ける…ベクトルを“恋”として。重なったここに二人分集まって交わるのを、多分“愛”って呼ぶのかなぁって」



ここ、と示すようにこちらからも握り返した指先に、彼の瞳がぱちりと瞬く。
そうして数秒固まっていたかと思うと、何故か落ちてきた頭が私のてっぺんに沈んだ。



「いっ……辰也くん?」

「…よく解らないけど」

「うん?」

「ものすごく…可愛いこと言われたのは、解ったよ」



軽い頭突きにそこまで痛みは感じなかったけれど、握り込まれた指はなんだか痛い。
ぎゅう、と圧迫される指先に血が通わないような気がしつつも、それよりも気になって視線だけで覗き込んだ彼の顔は赤かった。







絡めた指が愛になる




答えなんていくつも存在する中で、たった一つ選んだのは、あなたが差し出す熱でした。

20130115. 

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