見つけてしまったのは、偶然だった。


部活の休憩時間、軽く顔を洗いに水道場に向かって、ちょっとした気紛れで帰りは回り道をしようと違った方向に踵を返して。

少しずつ涼しさを感じるようになった空気が心地いいな、なんて一人和んだような気分で足を踏み入れた中庭の、木陰。
部活動時間には中庭を使う人間がいないため閑散としたそこで、日差しを避けるように置かれたベンチにくったりと身を預ける見覚えのある影を見つけて、思わず足と一緒に呼吸まで止めてしまった。



(みょうじっち…!?)



叫びそうになった口を慌てて押さえて、心の中で叫ぶに留める。

音を立てないように気を配りながらそっと近づいて覗き込んでみれば、その膝の上には何処からやってきたのか丸くなった猫が心地よさそうに居座り、隣には小さめのスケッチブックと鉛筆が転がっている。
人慣れしているのか、オレが近づいて一度目を開けたその猫は、すぐにまた目を閉じて彼女の膝に脱力しなおした。



(スケッチ…いや、デッサン?)



広げてあるページには走り描きのような、それでも特徴はよく捉えた猫が何匹も描かれている。
そういえば好きだって言っていたな、といつかの会話を思い出す。多分、描いている途中で懐かれでもして、続きを描くのを諦めたんじゃないだろうか。そんな光景が簡単に想像できて、つい一人で笑ってしまう。

そんなオレの行動も知らずに、すうすうと控えめな寝息を立てて猫と一緒に寝入っている彼女の姿は普段からは考えられないほど無防備で、胸の内側がざわつくような、擽られるような妙な感覚に襲われた。



(やっぱ、美人っスね)



目が覚めていればきつめの目つきも、瞑ってしまえばあどけない。
白くて小さくて、細くて。少しだけ緩んだ唇は、薄く色づいていて綺麗だと思う。

黙っていれば、元が綺麗なただの女の子。なのに起きればこんなに小さな唇が厳しく強い言葉を吐くから、余計に胸に突き刺さる。

でも、そういう、生きている表情も綺麗で。
自分にも他人にも偽らない、そんなところが…



「…かわい……っ」



無意識に伸ばした手がその頬に辿り着いて、柔らかい感覚が指先に走った瞬間。気づいて勢いよく手を引いたオレは、その手を不格好に宙に挙げたまま大きく息を吐き出す。
どっどっ、と鼓動の速まった心音が耳の奥で響いていて、現実から目を逸らさないように唇を噛んで耐えた。

ああもう、何やってるんだオレ。



(みょうじっちは友達! 大事な友達!!)



まさか、友達に手を出すような野獣に成り下がるつもりなんかないだろう。
その関係を望んだのは自分で、今の時点でそれ以上を求めないと決めたのも自分だ。

今はまだ、そんな感情に振り回されたくもなければ、彼女に呆れられたくもなかった。
悲しいことにもう既に、狼少年のような気もするけれど。



(それはそれで今は都合がいい…し)



都合の悪いことは後回しにして、いつかきっとまた困ることになるんだろうなぁと、苦笑を噛み殺しながら仰いだ空は太陽が一日の終わりに強く輝いていた。
それがなんだか嘲笑われているように感じたのは、多分被害妄想というやつだ。

それにしたって暗くなる時間帯に、人気のない場所に女子を放置するというのは相手が彼女でなくてもまずい。
練習に戻る前に起こしておこうと、今度は手を伸ばしてしまわないよう、気をつけながら腰を曲げた。



「みょうじっちー、そろそろ夕方っスよー」



触れず、揺らさず、呼びかけて。

ゆっくりとその目蓋が持ち上がって顔を出す黒い双眼が捉える自分が、できるだけ自然で彼女に優しければいいと思う。
そして目覚めて初めに呼ばれるのが自分の名前なら、結局心躍らずにはいられないんだろう。



(全然ダメだなー…)



今はまだ、とか言いながら。

握り込んだ指先は、疚しい気持ちと共に背中に隠した。








触れた指先にうずく熱




「…黄瀬?」

「おはよ、みょうじっち!」



どうしてここに、と寝ぼけ眼で不思議そうに首を傾げる彼女に、胸を占められていることは悟られないよう、今日もオレは完璧な笑顔を貼り付けるのだ。


20130115. 

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