私の一番近くにいる女は、男嫌いだ。
正確に言えば、男性恐怖症らしい。少しでも男子に近寄られるとびくりと肩を跳ねさせて、話し掛けられると震えた声でたどたどしく対応する。
男子が離れれば毎度毎度怖かったと私に抱き付いてくるような、そんな。

とんでもなく演技派な、女。






「緒河って可愛いよなー」

「わかる。なんか守ってやりたい感じ」



今日も今日とて偶像に焦がれる男子達の発言に、休み時間を席で過ごしていた私は笑った。
その耳にはっきり届くよう、はっ、と鼻で笑いを溢した。



「緒河もあんた達みたいなのに守られたくもないわよ」

「みょうじ、事実でも言って良いことと悪いことがあるんだからなっ!」

「事実って認めてるしー?」

「お前こそ緒河の可愛げ分けてもらえ!」

「あっはー冗談! 私がああだときしょいだけだわ」



本当、気色悪い。どいつもこいつも信じられない。
弱々しいポーズで男に媚びて、何の得があるんだか。そんなものに誰がなりたいと思うのよ。

胸の内から染みだす毒を飲み下しながら、笑って騒げる私も結局は演技派なのだろう。
私の場合は愛されたいわけではなく、円滑な人間関係を築いておきたいが為の仮面だが。



「あ、あの…なまえちゃん…あんまり喧嘩とか、よくないよっ」



甘い蜜を此れ見よがしに滴らせて、花は咲く。
そんな態とらしい誘いに乗る方も乗る方で。

軽い男女間のコミュニケーションを喧嘩と称して止めに入る、自称私の親友様は全力であざとさを発揮中だ。
男子とも分け隔てなく仲の良い私を上手く扱いながら、それでもたまに気に食わなくなるとこうして口を出してくる。
無意識か、決定的な企みか。どちらにせよ気分の良いものではないから、感情は一瞬で白けていった。

あー、気色悪い。



「見ろ! この女らしさを見習え!」

「あーはいはい、肝に命じときますよっと」



顔に出さないだけ、私は優しいと思う。
どうしてここまで分かりやすい演技に、コロッと騙されるかねぇ。馬鹿じゃないの?

そんなことを考えながら適当にへらへら笑って誤魔化していれば、私の席の隣に来ていた女の肩が、またびくりと大きく跳ねた。
更にはぎゅっと私の腕にまでしがみついてくるものだから、何かと思えば。



「あ」



このクラスで唯一女の毒牙を躱し続けている男が、ちょうどその横を通るように席の間を縫ってきていた。

赤い髪の下、幼げなのに鋭い目付きは伏せられて、此方には一切の興味がないといった態度。
それは私にしてみても嫌悪感を抱かせない、数少ない人間だった。

それなのに。



「態とらしい」



今日に限って、その視線は私を貫いた。
目を瞑って私に縋り付く女の身体が固まったことには気付いても、気にする余裕はなかった。



(態とらしい?)



それは、私に言ってるの?

私と、女の耳にしか入らなかったであろうその言葉を、受け取ったのは間違いなく私だった。
勘違いに凍り付く女にも、向けられていた可能性はある。けれど、私まで見破られるなんて思っていなかったのに。

穴に落とされたような感覚に、顔を顰めないので精一杯だ。
通り過ぎる直前の片側の赤い瞳が、脳裏を染め上げた。







赤が消せない




「真実、男嫌いなのはみょうじの方だろう」



関わりたくない。追求されたくない。
そう思っていたのに運悪く日直の仕事を押し付けられていた私に、逃げ出すという選択肢は残されていなかった。
これも計算されていたことかと漸く気付いた時には、私とその男以外無人の教室内、座る席の真正面に立ちながら断定されていて。

質問ですらないのか。そこまで把握しているなら、今まで通り知らないふりをしてくれていた方がよかった。
そんなことを思いながら、しらを切ることも諦める。

赤司征十郎の底知れなさは、既に此方も把握済みだ。



「だから、何?」



別に、私が男嫌いだから何だという話だ。コミュニケーションがとれないわけではないし、上手く隠して折り合いくらいつけられる。

それをわざわざ暴いて、何のつもり?
取り繕うのも面倒になって不快感で一杯の顔を晒せば、何が楽しいのか男の唇が弧を描いた。



「何、ということはない。面白いと思っただけだよ」

「…随分と悪趣味ね」

「そうでもない」



男の気を引こうとまどろっこしい媚を売る女より、判りやすく潔癖で好ましい。

そんな戯言を紡ぐ、男の瞳が細められる。
二つ並んだ色なのに、私の目はどうしてかその赤にだけ意識を奪われた。



「此方の嘘の方が、綺麗だろう」



伸ばされた手を、振り払うことは簡単だった。
けれど、触られるどころか自分から触るなんて冗談じゃない。
椅子の限界まで大きく仰け反って睨み上げれば、更に満足げに男は笑った。

可愛らしいな、などと、反吐が出るような言葉を唇から紡ぎ出して。

20130310. 

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